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北邦野草園 山登り編 2023/6/9

6月に北海道ファンファーレオルケストプロジェクトに参加するため旭川に行ったのだが、1日フリーの日を設けてあったので、近隣にある北邦野草園を歩いてきた。

夏の北海道の植物に触れたかった。初めて北海道に行った昨年12月はもう冬が訪れていて、あるのは枯草と枯木と針葉樹とビロードモウズイカの芽、ナナカマドの赤い実、そしてすっかり積もった雪だけだった。

旭川近隣の公園を探したところ、「野草園」という魅力的な文字を見つけて、ここに行くことに決めた。園のWebサイトに「ヒグマの痕跡がありました。十分注意してください」と書いてあったが、まあいうて大丈夫だろう。本当にやばかったら入園禁止になるだろうし。鈴(百均の根付のやつ)持ってるし。
ちなみに最初に気になった旭山公園はやはりヒグマの痕跡で入園禁止になっていた。

地元でも、さすがにヒグマではないがクマ(おそらくツキノワグマ)が出る。忘れもしない、あれは小学1年生のとき、遠足で行くはずだった牧場にクマが出て行き先が変更になった。今でも下野新聞のTwitterで「日光でクマ目撃」「那須塩原でクマ目撃」という記事が流れてくる。本物を見たことはない。

北邦野草園に行くには、旭川駅から電車で一駅の近文駅に移動し、そこから20分歩く。バスの情報もあったのだがバス会社のサイトで時刻表を検索しても出てこず、違うバスに乗ってしまうのが怖すぎて歩いた。

野草園のすぐ手前には川が流れ、橋がかかっている。山だ。森だ。思っていたより「自然」すぎる。これはクマが出るのもわかる。

左側に野草園がある

入口の掲示板には、敬愛する牧野富太郎博士の特別展のお知らせと、ヒグマ出没の警告が貼ってある。

「一人での行動は避け」と今言われても、ここまで一人で来ちゃったんだよ。誰もいないんだよ。一人で来ちゃった人への救済措置をください(一人で来ちゃった人は奥まで行かないで大人しくしているのが正解だったと思う)。

野草園の入園は無料で、受付もなく、勝手に入っていい。人影はない。不安は募るばかり。

「野草園」と聞いて、それぞれの植物を解説する看板を見て回りながら、優雅に散策するような情景を思い浮かべていたのだが、思ったより険しい道を歩く羽目になった。本当はそういう「野草園」らしいルートもあったのだが、私はそれに気づく前にガチハイキングルートに突っ込んでしまった。

北邦野草園にはアイヌ文化の資料館としての側面もある。野草園を入ってすぐのところに、チセ(アイヌの家)が展示してあり、中に入ることもできる。

チセは玄関と広間のスペースが分けて作られていて、2軒の家が繋がっているように見える
ご丁寧にトイレも飾られているが、
さすがに覗く気になれなかった
玄関には薪が積まれている。箒が現代すぎる
チセの広間の部分
椅子が置いてある

チセのあるあたりからさらに先に進むと、「クーチンコロ顕彰碑」が現れる。クーチンコロは「北海道」の名付け親である探検家・松浦武四郎の旅の先導を努めた人だ。また、石狩川上流に住んでいた上川アイヌが役所から強制移住を命じられた際、異議を唱えてアイヌを守った人物でもある。

と書くと、クーチンコロを題材にした曲の楽曲解説みたいな文になったな。

顕彰碑を後にすると、もう、何もなかった。あるのは藪と、かろうじて道らしき道だけだ。獣道と言って差し支えないだろう。
進んではみるが、いったい自分がどこに向かって進んでいるのかわからなかった。

果てしなき上り坂

ある道に沿ってただ歩いていると、方向看板が見えた。このまま上の方に進むと展望台があるらしい。あと何分歩けば着くのか(上り坂すぎて時間が全く読めない)、辿り着く展望台から見える景色がいったいどんなものであるのか何もわからなかったが、とにかくそこに向かって歩くことに決めた。

くるみが落ちている。動物の痕跡がある

私はまだ人生の中で本格的に登山を経験したことはないが、この道はちょっとした登山と言って差し支えないと思う。この日の私は、お世辞にも登山に適した服装をしているとは言えなかった。なんせワイドパンツである。帽子も被っていない。街中からワープしてきたみたいな格好だ。スニーカーがウォーキング用の、ちょっとスポーツっぽいものであったのが唯一の救いだったろうか。
歩いている間、1人か2人とすれ違った。単独で歩いている人もいて心強かったが、しっかりとトレッキングウェアで装備を整えた人に自分の愚かな軽装を見られるのはとても恥ずかしかった。
6月の北海道はまだ涼しいだろうか、と思って薄手のシャツを羽織ってきたが、歩いているうちにそれもいつの間にかリュックの中に仕舞っていた。

とにかく見渡す限り森、森。鳥か何かの鳴き声がずっと聞こえている。蚊がぶんぶん飛んでくるし、数歩ごとに蜘蛛の巣を破壊して進まねばならない。顔に蜘蛛の糸がかかってずっとむずむずする。
こんなむせ返るほどの緑も、冬にはすっかり姿を消してしまうのだろう。

道の脇には、ぶっきらぼうに噛まれたか千切られたような跡のある植物が点在している。少なくとも人間がやったようには思えない。
見えないヒグマの存在を感じる。今から戻るには進みすぎている。一刻も早く展望台に辿り着くべく、非常ベルのように鈴を鳴らしながら速歩きで進む。

歩き続けること数十分、視界が開けた。手入れされた丘が見える。丘の上にはベンチもある。きっと展望台はすぐそこだ。

丘を過ぎてもう少し歩くと、現代的な雰囲気のある建築物が見えた。きっとあれが展望台だ。久しぶりに見た人工物だ。

柵から向こうの景色を見て、息を呑んだ。

正面に見える山は大雪山。右に流れるのは石狩川。この日は雲が低く垂れ込めていたが、それがかえって景色に迫力をもたらしている。雲が本当に近い。こんな高いところまで登ってきたのか。愚かな軽装で…。
当時は景色に圧倒されるばかりであったが、今この写真を見ると、見渡す限り市街地であることに驚く。こんなに沢山の人が旭川に住み、大雪山を仰ぎ、厳しい冬を越しているのだな。

ベンチに座って、食糧として持参したべこ餅を食べる。北海道の郷土菓子らしい。

気の済むまで景色を眺めていると、手すりに「花月」と彫られていることに気付いた。私のペンネームだ。怖い!いつ誰がやったんだ。どういうこと?このnoteの読者は私が自分でこんなことやるような奴ではないとおわかりだろうが、大雪山と石狩川に誓って、自作自演はしていない。念のため。

ペンネームの下の名前まで書かれてなくてよかった

さて、登った山は下らなければならない。あの長い道のりをヒグマに怯えながら戻らなければいけないのか。考えるだけで憂鬱だが、他にどうすることもできない。

帰りは往路と少し違う道を通ることにした。
さすがに道が塞がれていることはないものの、通行に影響のない範囲では倒木もそのままになっている。

ひたすら獣道を歩いていると、そばから「ガサッ」という音がした。まるで動物が立てた音のようにも聞こえた。というより、ヒグマに激しく怯えながら歩いていたから、私にはもうそこにヒグマがいるようにしか思えなかったのだ。

私の恐怖心は最大になって、根付の鈴を非常ベルのように鳴らしながら、できる限りの速さで闇雲に歩いた。もう周りの自然に思いを馳せる余裕もなく、ただ早く人里に下りたい一心だ。

このあたりだけやけに草が少ないのが印象的だった

無心で山を下りること数十分、無事にハイキングコースを出ることができた。往路ではその存在に気付かなかった、自分のイメージ通りの「野草園」がそこにあった。

「野草園」だ!!

山登り編・完
次回、植物図鑑編(ほぼ写真)へつづく…。

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