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自分を受け入れる事の大変さ


お久しぶりです。こっけです。

精神を崩し、暫くnoteの更新はお休みしていましたが少しずつ落ち着いてきたので再開しようと思います。
自分の気持ちをストレスなく吐き出せるのがnoteなので書かせてください。

読んでて不快になられた方はそっとUターンお願いします。

早速本題へ↓

これを読んでくれている方、『認められる』とか『他人からの愛』ってなんだと思いますか。
自分で自分を褒めてあげるってできてますか?


僕はできないです。


他人からの愛が何か分からなければ、認められたと感じたことは23年間でわずか数回しかありません。
それも社会人になってから。

親からの愛情?それも分からないです。

まだ小学生の時、朝のラジオ体操から帰る時にポストから新聞を取って帰れば親が喜ぶと思い新聞を持った瞬間、強い風が吹き1番上にあった請求書が飛ばされてしまったんです。
母親にこの事を話すと、大激怒しました。
「余計なことをするな」「迷惑だ」と言われました。
たしかに、個人情報が書いてあるものだったと記憶してるので大切なものではあります。
が、新聞を取ってきたことに対して『ありがとう』はなく、怒られて終わりでした。

『余計なことするな』昔の母親の口癖でした。
それ以降、なにかを手伝おうとしても拒否される事が続き『ありがとう』の言葉を貰ったことなんて思い出せないくらいに無いです。

一方の父親は僕が言うことを聞かないと殴ったり蹴ったり、怒鳴り散らしたりしてきました。
物心ついた時から力で制圧される環境にいました。
プラレールを3両以上繋げただけで怒られて、奪い取られ、ほかのプラレールを出そうとすると後ろから顔を蹴られたりする。

小学生の時は勉強も苦手で、提出物を守るのも苦手で約束を守ることもできなかった僕は親から『産まなきゃ良かった』とか『お前のことなんか知らない』と吐き捨てられたことも多かったです。
それも兄弟の前で。
それを見てた父親は『お前が母親の言うことを聞かないからこうなるんだ』と言ってきました。
小学生の僕は「味方はいない」そう思いました。

父親からは暴力と恐怖で支配され、母親は何かある度に『私が恥ずかしい』とか『なんで言うことを聞かないの!』と怒られる日々

一番寄り添って欲しい人が寄り添ってくれなかった。

ちなみに、兄弟が暴力を振るわれたり怒られてる姿は1回も見たことありません。
こんな僕を見て育ったからこそ、怒られないすべを身につけているのかもしれません。

小学校に行けば虐められて友達なんていないに等しい生活で、問題が解けないだけで笑われたり、背が低いことを馬鹿にされたりしました。

家に帰れば少しでもルールを守らないと母親からは怒鳴られ、父親からは暴力を振るわれる。

学校の先生も提出物を守れない僕を叱るわけです。
そりゃ当然なんですけど、どうしたら守れるようになるか教えてもらおうとしても、『自分で考えなさい』としか言われませんでした。

きっとみんな僕のこと嫌いなんだと。
僕は嫌われる人間なんだ。と実感しました。
寄り添ってくれる人も、助けてくれる人もいない。

いつからか僕の居場所は僕自身、心の奥底になっていました。
だって、外の世界は敵だらけだから……


お読み頂きありがとうございます。
今回は暗い話ばかりになってしまいましたが次回から少しづつ明るい話題も入れていこうと思います。

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