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油そば、歯ブラシ、味噌スープ

ラーメン屋『大勝軒』。
時刻は午後3時半。ランチタイムを終え、午後5時半からの営業再開までの中休み。
舞台下手からカウンター席が伸びてきており、中央から上手に1メートルほどのところで折れており、上から見ればL字型になっている。
下手の方にはトイレとスタッフ控え室がある。
上手の方が店の入り口。上手カウンター席の背後にはビールサーバーがある。
客席を背にして、カウンター席にてまかないの油そばを食べる橋元。
カウンターを挟んだ舞台奥は厨房になっており、大きな寸胴鍋から湯気がたちこめる。
厨房には大将が夜番の下ごしらえをしている。

橋元 (油そばをすすり、もぐもぐしながら)今日むっちゃ混みましたね。
大将 そうな。あの、男2人、サラリーマン、3卓 の。
橋元 メンマでもめてたやつらっすか?
大将 そうそう。、、ぶん殴ってやろうかと思った。
橋元 (笑いながら)やば。大将には殴られたくないっすわ。
大将 次オーダーミスったら、(殴る仕草)だかんな。
橋元 絶対ミスりませんわ。ミスっても彩華のせいにしますわ。
大将 (笑いながら)お前、最低だな。

沈黙。橋元は油そばをすすり、大将はチャーシューを切る。

大将 お前さ、彼女いんの?
橋元 (もぐもぐしながら)なんすか急に、いません よ。
大将 いねぇの?!お前、もうすぐ二十歳じゃねぇ の?
橋元 まだ19ですよ。
大将 19なんて一番楽しい時期じゃねぇかよ。俺が19の時なんか、コンパニオン呼んでよ、一晩で120万仲間と使ったぞ。
橋元 (笑いながら)やば。120万すか。払ったんすか?
大将 ったりめーだろ。そんときにはもう働いてたからよ、大学もいかずに。
橋元 あ、そうなんすね。でもやばいすね。ビビりましたわ。
大将 いや、俺らだってすげービビったわ。
橋元 そうですよね!いやぁ、

店の扉が開く音。酒屋さんがビール樽缶を仕入れに来る。橋元、すぐさまビール樽缶を慣れた手つきで舞台上手にあるビールサーバーの横にストックとして積む。その間に大将は厨房から出てきて、精算を済ませ、受領書にサインをする。酒屋が退出する。

橋元 (作業を終え、席に戻りながら)じゃあ、大将は19の時は遊びまくりっすか?
大将 まぁ、そんときのコンパニオンが今のツレよ。
橋元 え、まじすか!衝撃事実っすわ!
大将 そうなのよ。ちょっ、チャーシューちょっとここ置いていい?
橋元 大丈夫っすよ。

大将は橋元の席のカウンターの上に大きなチャーシューをのせる。異様なほど大きい。

橋元 ごちそうさまでしたー。

橋元は油そばの皿を自分で厨房まで持っていき、洗う。大将はチャーシューの隣にもう1つ油そばを置き、手を洗い、タオルで拭きながら厨房を出る。

大将 じゃあ俺ちょっとタバコと、不動産行ってるから、なんかあったら連絡ちょうだい。それ、彩華のだから、こっち来たらあげて。
橋元 ・・・はーい。

大将が店を出る。橋元は自分が食べた皿を洗う。
しばらく水道の音と、皿の音だけで、橋元は何も話さない。
しばらくして、下手の方から、彩華が登場する。下手付近の席に座り、少し肩を震わせながら、すすり泣きはじめる。次第に肩の震えも大きくなり、すすり泣きは号泣になる。橋元は戸惑いながらも、見てみぬふりをする。次第に彩華は落ち着いて、再びすすり泣きに戻る。橋元は厨房から出て、チャーシューの隣の皿を持ち、彩華の席まで運ぶ。

橋元 まかない。おつかれ。
彩華 (小声で)ありがとうございます。

彩華は油そばを食べる。
橋元はカウンターを出て下手にはける。
橋元は青色の歯ブラシで歯を磨きながら出てくる。
彩華から少し離れた席に客席を向くようにして座る。
30秒ほどの沈黙。

彩華 付き合ってください!
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)だからダメだって!
彩華 なんでもしますから!
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)やめられないでしょ!?娘は!・・・店長の!

彩華は油そばを食べる。

彩華 やめるわ。

橋元、彩華の方を見る。

彩華 娘、やめるわ。ダメな理由がお父さんの娘だってことなら、やめる!娘、やめる!
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)やめるってどーするのよ、だってさ、彩華ちゃん。血縁。
彩華 相談します。
橋元 誰に。
彩華 お父さんに。
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)なんて。
彩華 橋元さんと付き合いたいから娘やめますって!
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)ダメだよ!
彩華 どうして!
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)だって!

店の扉が開く音。大将が入ってくる。

大将 印鑑忘れちゃったよー。
彩華 お父さん!
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)だぁーーーー!
大将 なんだよ、騒がしいな。彩華、体調平気なの か?急に裏引っ込んじゃってな。橋元がお前の分までやってくれたぞ。感謝しとけよ。
彩華 その優しさのことなんだけど。
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)どぅあーーー!

橋元はチャーシューを地面に叩きつける。

大将 てめぇなにやってんだ!
橋元 (歯ブラシを口に入れたまま)すみませんでし た!
大将 おめぇ夜の仕込み間に合わねぇかもしれねぇ じゃねぇか!何考えてんだ!ふざけんなよ!仕入れ直しじゃねぇか!(時計を確認して)・・・ちゃんと片付けとけよ!

大将は大慌てで下手にはけ、印鑑を持ち、店をあとにする。

彩華 橋元さん、どうして?どうしてなの?私、ただ橋元さんのことが好きなだけなのに。
橋元 (口に歯ブラシを入れたまま、チャーシューを持ち上げる)

彩華、鼻から息を目一杯吸って、カウンターに座り直し、油そばを食べる。

橋元 味噌スープ。

彩華の油そばを食べる手が止まる。

橋元 大将がつくる味噌スープあるだろ?僕は、あれが作れるとは思えない。大将が言ってた、彩華ちゃんはずっと、あの味噌スープが作れる人と結婚するんだって言ってたって。大将も、俺より味噌スープをうまく作れるやつにしか彩華はやれないって。僕もあの味噌スープに惚れてここのバイトに決めた。
彩華 (油そばをすする)
橋元 僕に、あの味噌スープは、作れない。

橋元は口に歯ブラシを入れたままチャーシューを抱えて厨房に向かう。彩華は油そばをもぐもぐしながら橋元の方へ早足で向かう。橋元の腕を掴んで、振り向かせ、橋元にキスをする。
数秒後、彩華は席に戻ろうとする。橋元はカウンターの上にチャーシューと歯ブラシを乗せて、彩華を追いかけ、彩華の腕を掴んで、振り向かせ、再びキスをする。2人の間には何もない。
キスの後、彩華はカウンターに戻り、油そばをたいらげる。橋元はチャーシューを持って厨房に戻り、味噌スープを2つ用意する。1つを彩華に差し出す。2人は一緒に味噌スープをすする。

彩華と橋元は熱々の味噌スープをすすって、満足気にため息を漏らす。

暗転。

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