True Dure 32 : Keith Johnstoneのインプロから私が学んだことの一部

2023年3月11日。
Keith Johnstoneという人が亡くなった。

私は蔵前のカフェで読書会に向けて課題図書を読んでいた。ちょっと一休みにと思ってFacebookを開いて、Keith Johnstoneが亡くなったことを知った。90歳だった。

Keith Johnstoneは私がよくやっているインプロという即興演劇を作った人の一人だ。インプロに入門すると、数多くのゲームをしながらその考え方やふるまいを学んでいくのだが、それらのゲームを数多く作ったのがKeith Johnstoneだ。彼の名前を知らない人であっても、こうしたゲームを通して彼に触れている人も結構いるんじゃないかと思う。

彼は2冊の本を出している。『Impro』という本と、『Impro for Storytellers』という本だ。このうち『Impro』という本について私は修士論文でまとめた。彼のアイデアは本当に面白い。どうしてそんなことを思いつくのかといつも舌を巻く。気になる人はぜひ読んでみてほしい。なんなら一緒に読んで喜びを分かち合いたいくらいには私はこの本が好きだ。

私は2018年にロンドンで行われた彼のワークショップに参加した。その時は86歳であったが、一日6時間のワークショップを10日間にわたり行っていた(!)。彼の報せを受けてから、この時のことを思い出す。というか、彼と私の直接的な接点はこの10日間しかない。

彼はよく話していた。ワークショップの時間の大半は彼の話を聞く時間だったようにも思うくらい彼はたくさん話した。私は英語の運用能力が高いわけではないから、彼の言っていることのほとんどは聞き取れていない。しかし、彼がとにかく色んなことを話しているのは分かる。

ワークショップのほとんどの時間は彼の話を聞いていて、するりといつの間にかワークが始まっていた。それからするりするりとワークをしたりゲームをしたりコーヒーを飲んだりまたキースが話したりして1日が終わる。

ぼくが彼の考えで好きなのは「spontaneity」(自然発生性)という考えだ。キースの著作『Impro』および『Impro for Storytellers』どちらでも1章分を割いて説明されている、というか暗示されているのが「spontaneity」だ。あまり深く説明はしないけれども、この考えはインプロをする時にどうしても私したちを襲う恐怖心や虚栄心などとの付き合い方を教えてくれると思う。

私たちは自分という人格が単一で、自分の全体だと思っている。しかし、インプロは教えてくれる。アイデアが思い浮かんだり、舞台に立つと身体がこわばったり、同じ動きをしていてもある時は楽しく感じられたりある時はきまり悪く感じられたりといった身体反応はほとんど自動的に行われて、かつ、それが自分という人格が望むようにはなってくれない、コントロールの外部にあるものであることだ。私たちの“自分“という自意識はパーツの1つに過ぎない。

自分を動かしているもののうち、ある程度自分で何とかできる部分と、自分の願いとは裏腹にどうしたってコントロールできない部分とがある。コントロールの外部にあるものについて私たちは悩み、苦しみ、妬み、蔑んだり、諦めたりといったやり方で対処する。それはコントロールの外部にあるものに対する1つの心理的なテクニックだ。知らず知らずのうちに私たちは社会の中でそのテクニックを学習する。その学習はきっと、友達とか、家族とかの人間関係と、アニメ、漫画、小説などのメディア関係とかがきっかけになるんだろうと思う。

さて、

Keith Johnstoneのことを思うと、私は触発されて考えがまとまらなくなってしまう。どれだけ彼の本を読んでも、どれだけ彼の動画を見ても、どれだけ彼のことを思い出しても、私はやはりほとんど彼のことを知らない。私は彼のインプロに則ったつもりで、インプロのパフォーマンスをしたり、インプロを人に教えたり、説明したりしているけれども、彼のことを書こうとすると何だかうまくまとまらない。

うむ、彼のアイデアは絶えずインプロに開かれていて、この私とは絶対的に隔絶している。彼の考えに同一化しようとする働きで考えていてはいけないのかもしれない。コントロールの外部にあるものと絶えず力の交換をしながら、こちらの出力を強めたり、弱めたりしているうちにいつの間にか意味不明なものができあがっている。確立された思想や考えがあって、それを巧みにインストールするようなやり方ではなく、絶え間ない交渉関係の不安定さを楽しむあり方を「うまくいかないなぁ」と思いながらまた探っていこうと思う。

Keith Johnstone, あなたの言葉にいつも困っています、ですが、おかげで楽しいです。とても楽しい遊びを教えてくれてどうもありがとうございました。どうか、安らかに、おやすみなさい。

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