【日記】とろろご飯と夕焼け

今日は在宅勤務で、少し早めに終業した。短い勤務時間だったにもかかわらずなぜだかどっと疲れたのは、リモート会議内で先輩の女性が男性の係長に対しての当たりがめちゃめちゃ強くて、それをイヤホンで聞いていたせいか自分が怒られている気分にもなったからだ。

なんであんな言い方しかできないんだろう、あの人は。

なんだかモヤモヤしてしまったし、一日中座っていたので、早めの夕飯を食べに行きがてら散歩をしようと思い立った。

目指すはずっと気になっていた和定食屋さん。自然薯とろろご飯が焼き魚と一緒にお手頃な価格で食べられるということで、常に行く機会を伺っていた。

暖簾をくぐると、さすがに開店直後で誰もいなかった。「お好きな席へどうぞ」と言われ、カウンターの奥から2番目に腰掛ける。人の良さそうなメガネをかけた女将さんに、一番品数が多い定食を注文した。

ソロ活は人並みにする方だが、夕食を1人で食べることはそこまで多くない。チェーン店の焼肉や居酒屋で飲むことはあっても、お酒なしでこんなきちんとしたお店のカウンターに座ることは初めてだったと気づく。

ラジオが流れているのにしんとしている店内で、厨房からギコギコ、ズリズリする音が聞こえた。女将さんと同じくメガネをかけた大将が、すっている。あれ、私の自然薯です。私のために鳴り響いている音です。一定のリズムを刻みながら、魚をジュウと焼く音もかすかに聞こえる。

しばらくしてから、大将が奥から「ご飯」とだけ言うと、女将さんが私の目の前の炊飯器からご飯をよそう。さぁ、いよいよだぞと身構えるが、目の前の女将さんを急かしてしまうかもしれないので、気づかないふりをした。

そうして私の元にお盆がやってきた。「焼き魚もすぐ出しますね」と言われる。熱々の焼き魚を出してあげようという心遣いが嬉しい。程なくして鰤の塩焼きも仲間に加わり、早速箸を手に持つ。

鰤はスーパーではお目にかかれない分厚い身で、ほわほわ。皮はパリパリ。塩加減もちょうど良い。魚料理は家でも健康のために休日に作るが、塩焼きは物足りなさを感じるのであまり作ったことがない。やっぱりプロが作る塩焼きはレベルが違う。

メインの自然薯は、想像以上にネバネバ。納豆にも負けない。お出汁の優しい味が麦ご飯のプチプチを包み込み、そこに焼き魚も口に入れると塩味がまろやかになって最高だ。

壁には私に語りかけてくるように「とろろご飯の方はご飯一杯おかわりできます」という貼り紙がしてある。さすがにご飯おかわりはきついか。でも、とろろはご飯一杯じゃ足りないくらいたっぷりある。

おかわりして無理して食べるのも良くないので、私は少しの麦ご飯にたっぷりと、とろろをかけた。もはやとろろご飯ではなく「ご飯とろろ」である。とろろに包まれて見えなくなっている麦ご飯も、口に入れれば存在感を発揮する。だれも脇役がいない。みんな主役定食。

食べ終わり余韻に浸っていると、女性が1人で入ってきた。結構女性1人客も多いのかなと思っていると、注文を聞きにきた女将さんに「初めてなんですけど、聞いてもいいですか?」とメニューの内容について質問していた。「初めてです」と言える人が強いことを、私は知っている。でも彼女は残念ながら、鰤アレルギーだった。女将さんが、奥にいる大将に注文を伝えるときにその話もしたようで、「あちゃー」という声が聞こえてきて、やっぱりいい人だ、と思った。

お会計をして外に出ると、すっかり夕暮れになっていた。家を出るまで曇り気味だった気持ちが、とろろご飯に包まれてあったかくなった。

朝はよく散歩をするけれど、夕方はしたことがなかったなと思う。朝に比べて、夕方は多くの人が色んなことがあった一日を終えた後だからか、少し切ない気持ちになるんだろう。

保育園の窓から、「バイバーイ」と女の子が手を振った。前を歩いていたおじさんが、無言で彼女に手を振る。

なーんだ、今日いい日になったな。

帰路を急ぐ雑踏の中に、私も紛れていった。


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