短編小説 夢語 霧の峠
こんな夢を見た
キンコン キンコン ・・・
唸るエンジン音と共に
速度超過の警告音が
聞こえる
漫画を見て
直ぐに惚れ込んで買った
スプリンタートレノ
通称86
夜の箱根
86には
最高の舞台だ
アクセルを踏む度に
高回転まで回る
4AGの
エンジンサウンドが
官能的に体を包む
本当に良い車だ
まるで恋した気分になる
ずっと走っていたい
コーナーを
ずっと攻めていたい
くぅー
たまらない
ん・・・
霧が出てきたなぁ
フォグランプ付けるか
いつの間にか
目の前は
霧のカーテンになり
白熱色と黄色のライトを
映し出していた
ヤバいなぁ
先が見えない・・・
濃霧の箱根路を
慎重かつ小刻みにアクセルを踏み
コーナーを抜けて行く
ふとバックミラーを見ると
白いライトが
遠くで見え隠れする
車 来たか・・・
濃霧のコーナーを
3つほど抜けると
白いライトは
真後ろに居た
速いなぁ
次の直線で
先に行かせるか
コーナーを
全開で抜けると
霧のカーテンが
風になびくように
漆黒の闇と
直線が現れた
よし対向車も居ない
ハンドル上の
ハザードスイッチを押し
減速して86を
左に寄せた
白いライトが右側に移ると
横を通り抜けて行った
見ると
グリーンのスポーツカーが
走り抜けていく
86?
そう思った時には
ハザードランプが
テンポ良く点灯しながら
赤いテールランプは
点になっていき
消えて行った
速い車だなぁ
外車なのか?
まぁいいかっ
霧が晴れた箱根路を
4AGサウンドが
再び響き始めた
夜の箱根来るの久々だ
考えれば
結婚して子供を育てた
20年
嫁や子供の事
家庭を守る事で
精一杯で自分の事
二の次だったからなぁ
嫁じゃなくて
元か・・・
必死に家族の為に
頑張ってきたが
終わりは呆気なかった
この20年間は
なんだったんだろう
自問自答の毎日だった
昼間なのに
先が見えない
夜の濃霧を
永遠と走っている気分だった
ある日の通勤帰り
電車の棚にあった
週間マンガ雑誌が
目に入り
中を開くと
昔好きだった
車のマンガの続編だった
読んだ後
20年前に戻った気持ちだった
忘れていた
何か夢中になる気持ち
心から沸き上がる熱い気持ち
20年間
妻と子供を一番に
生きてきた
それだけ大切だった
誰かの為に頑張るなんて
自分が出来るとは思わなかった
それだけに
嫁が別の男性を
愛していると知った時は
何が起きているのか
理解出来ず
自分を攻め続けた
自信も誇りも
人を信じる気持ちも
失っていった
毎日が
生きる意味さえ分からず
自分の存在を
直ぐに
この世から消して欲しかった
不要だと
神様に言って欲しかった
しかし神様は
不要だとは言わなかった
新たな道を示した
漫画を見た後
忘れていた20年を取り戻すように
長年乗ったワゴン車を売り
漫画の主人公が乗る
車を買った
そして久々に
夜の箱根路を走っている
何も変わらないな
変わったのは車の性能
静かで
キンコンと警告音も
聞こえない
乗り心地も
20年前とは大違い
忘れていた感覚を
取り戻すように
コーナースピードは
上がっていった
安心して
コーナーに飛び込める
ワゴン車とは大違い
車はこうじゃないと
あれっ・・・
霧が出てきたな
ナビ見ながら
慎重に行くか
ナビのお陰で
先のコーナーが分かる
本当に便利になった
軽快に濃霧のコーナーを
抜けて行った
あれっ
赤いテールランプが見える
前に居るのか
このテンポだと
直ぐに追い付くな
この先の直線で抜けるかな
コーナーを
3つ抜けると
テールランプは
はっきり分かってきた
よし次の直線だ
コーナーを
全開で抜けると
霧のカーテンが
風になびくように
漆黒の闇と
直線が現れた
前の車が
ハザードランプを付けて
左に寄せた
よし対向車も居ない
ありがとう
と呟くと
アクセルを踏み
ハザードランプを押して
横に並んだ
あれっ?
86?
見覚えのある
スプリンタートレノを
抜かすと
バックミラーに映る
白熱色と黄色フォグランプは
直ぐに点になった
ん?
この光景って?
まさか・・・
あのスプリンタートレノ・・・
20年前の俺・・・
グリーンの車
横の86エンブレム
20年前の車は
外車じゃなくて
TOYOTA86・・・
20年後の
俺だったのか・・・
これから頑張れよ
20年前の俺
霧は必ず晴れるからな
諦めず
アクセルを踏んでいけ
真っ直ぐに
真っ直ぐに
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