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ひびきノート 3 潮風キッチンで

日が傾くのと歩調を合わせるように南口から歩いてきた彼女は、東改札を左に通り過ぎテラスモールへ急ぐ。北口が湘南C-Xで劇的に変わってから10年以上が過ぎた。住みやすくなって地価も上がった。ラズができた翌年にはテラスモールも開業し辻堂駅で電車がガラ空きになる人気ぶりだった。藤沢との真ん中にあるモールフィルのほうが庶民的だしミスターマックスもあるのだけれどアクセスが良くない。中間地点にある事務キチを越えていく必要がある。その点テラスモールはペデストリアンデッキで駅直結なのだ。

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「おなか空いた。ちょっとだけなにか入れたい」
空腹の彼女が、テラスモールをさまよう。そういえば、おもて珈琲は軽食が美味しいお店にも関わらずなにも食べていなかった。撮影前におなかに食べ物を入れるわけにはいかずそのまま撮影を続けていたのだ。
「なに食べたい?」
「もうここでいいわ。ここにしようよ」
潮風キッチンに飛び込んだ。3Fの中程に位置するフードコートで、ここなら調理時間もかからない。僕らはクレープを食べることにして短い行列に並んだ。茅ヶ崎のプレンティーズが出店しているのだ。運良く空いているタイミングで、ほどなく順番はめぐってきた。店員の前でメニューに目を落としたまま彼女は僕にたずねる。
「ねえ。私もしかしてフルーツ系とか食べたほうがいい?」
当然のように写真を撮るものだと思っている彼女は、おなかぺこぺこながら映えを意識してくれているようだ。
「いや。もう好きなものなんでも食べてよ」
彼女は幸せそうに微笑んで、スパムのクレープを注文した。

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スマホをテラスモールのWiFiにつないで僕は今日撮った写真を何枚かアプリで転送した。あとでSNSにアップするために。
今日の撮影はこうしてほぼほぼ終わった。クレープを食べながら次はどこで撮ろうかという話になった。いつも辻堂や茅ヶ崎じゃつまらないよね、という話になってじゃあどこかまだ撮っていないところで撮ろうというノリになった。

まだ撮っていないどこかの街で彼女は今日とはまた違う服を着て、今日とはまた違う気分でカメラの前にいるだろう。僕はそのときまで死んでいるのも同然だ。撮影が終わるたびに撮り手は一度、死ぬのだから。

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model:響波
camera:FUJIFILM X-E4 15-45mmF3.5-5.6 OIS PZ Tokina atx-m 56mm F1.4 X

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