「大人の楽しい魔物狩り……狩られ」第24話
本作は連載作品です。第1話は下記です。
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「この世界は何なんだ?」
「欲張りな質問ですね」
「そうですかね……?」
「まぁ、いいですよ。これは、クリア時に開示される内容ではありますが……この世界は貴方達がいた世界の未来に当たります」
「未来……か……」
信じたくはないが、どこかで、やはりかという気持ちになる。いくつかのことがそれを示唆していた。既視感のあるビル群、そして前回のショッピングモール。これが人間社会の行きつく先かと妙な納得感がある。
「どれくらい未来なんだ……?」
「ここは貴方達がいた時代から、八年後の世界です」
「!? は、八年後……!?」
「思ったより近かったですかね……」
白川さんは俺の驚く表情を確認するかのようにこちらを見つめている。
「い、一体何が起きたんだ?」
「偉大なる知性により、生物はリセットされた……というのが有力です」
「え……?」
話は結論から述べろというのが社会人の基本ではあるが、この話に関しては結論だけでは全く理解不能であった。
「……平吉さんはID論というものをご存知ですか?」
白川さんもこちらが全く理解できていないのを察知したように、ゆっくりとした口調で話を続けた。
「いや……わからないです」
「それでは進化論はどうでしょうか?」
「それはなんとなくですが、知っています」
ダーウィンの進化論。理科の授業で話くらいは聞いたことがある。
「ID論……インテリジェント・デザイン論は進化論に対をなす論説です。どちらも生物の成り立ちに関するものですが、進化論は突然変異と自然淘汰により生物が現代の姿に至ったとする説です。それに対して、ID論は、生物……あるいは宇宙を含め、知性ある何かによって創造、設計されたという説です」
「そんな説あったんですか……?」
オカルトのように思えてしまう。
「日本の教育現場においては、進化論のみが教えられますからね。ですが、進化論にも説明できていないことはいくつかあるのです。生物を構成するたんぱく質は極めて複雑な構造をしており、偶発的に発生する確率はゼロに等しいと唱える科学者もいるそうです。実際のところ、神を信じる文化圏では、ID論は広く知られています」
「神……? にわかには信じられないが……」
「神の有無については私も分かりかねますが、現生生物の九割がおよそ二十万年前に発生しており、それまでの生物とは、遺伝的な繋がりがないという研究が発表されていたりもするのですよ」
「……!?」
「つまりこの研究の主張するところは、二十万年前に生物は一度、リセットされていたかもしれないということです」
「リセットされ、何かにより作為的に作られたということですか?」
「そうなりますね」
「……! それで、それが……」
「数年前に再び起こった。八年前に存在していた現生生物は、すでにほとんどが死滅しています。その原因が、忽然と現れた新生物<キメラ>というわけです」
率直に言って、そう簡単に現状を呑み込むことは難しかった。
「で、ですが、なら……俺達の今のこの状況はどういうことなんですか? 白川さん……君は生き残りってことですか?」
「それは違います。言いましたよね? 私も貴方達と立場は同じだって」
「要するに君も過去の人間ということですか……」
「YESです。私は五代目のファシリテイターで今回で7回目の担当です」
五代目……? 白川さんの前にもファシリテイターがいたということか? その人達はどうなってしまったのだろうか……
しかも7回目……? こんなことを7回もやらされているのか……!?
しかし、今はひとまずこの世界の状況を把握することが先決か……
「だったらどうやって、今まで君が話したことがわかったんだ?」
「これまで私の話した内容を観測していたモノがいます。この地球には、生物以外の知性が存在します…… つまり機械です」
「……機械!?」
人工知能……AIということか…… しかし、元の時代である八年前にAIが知性と呼べるレベルに達していたとは聞いたことがない。
「どちらが先だったのかはわかりません。しかし、恐らくは、リセットと、ほぼ同じタイミングでシンギュラリティが達成されました」
「しんぎゅ……?」
謎のカタカナ単語をさも当然のように使うのは止めていただきたい。
「それも知らないんですか? エンジニアなのに……」
「す、すみません……」
「シンギュラリティとは、人工知能……AIの発達により、その知性が人間を超える技術的特異点のことです」
確かに、エンジニアとしては知っておいた方がいい知識であった。しかし、そんなことはずっと先……あるいは絶対に起こらない話であると思っていた。
「量子コンピュータの実用化により、シンギュラリティは私達が思っていたよりもずっと早く実現されたようです。人間により創造されたAIは人間の力を借りることのない自己進化を実現しました。その速度は凄まじく、短時間で驚異的なまでに知能を向上させ、科学レベルを発展させました」
簡単に頷ける話でもないが、もはや全てを受け入れるしかない。
「だ、だけど……機械なんてこっちに来てから一度も見ていないけど……」
「それはそうでしょうね……機械に姿なんて必要ありませんからね。あえて言うなら……この地下施設そのものが機械といったところでしょうか……」
「!?」
「要約すると、今のこの世界は、地上はキメラ、地下は機械が支配しています」
たった八年でここまで支配構造が激変するのか……
ふと思う。ファシリテイター白川さんが命に対して、粗末で刹那的であるのは、根底に、どうせもうすぐ死ぬのだからという諦めの感情があるのだろう。
冷静に考えると、数年後に父親や母親もキメラに食われるということだ。幸い、俺にはパートナーや守るべき子供はいない。水谷のように母親に激しい感情があるわけではないが、俺にだって、両親にはベッドで穏やかに逝って欲しいと思うくらいには一般的な感謝や親しみはある。そう考えると、純粋に嫌な気持ちになった。
「まぁ、ロボットに姿は必要ないと言いましたが、実際には私達の想像しやすい個体のロボットも存在しています。私達の意識がVR環境に移されている間に、肉体はロボットによってミッションのロケーションまで輸送されていたりしているわけです……」
場所の移動について、当然のように享受していたが、裏では意外とアナログなことが行われていたのだな。
「そもそもですが……俺達は機械により、過去から未来へ連れてこられたということであってますか?」
「YESです」
「それじゃあ、なんだ? 俺達人間はもしかして機械のおもちゃにされているんですか?」
「……」
これまで淀みなく話していた白川さんは、何かを考えるように少し沈黙する。
「……そうかもしれません……が、彼らの言い分は少し違います。これは個人的には、かなり驚いたことだったのですが、AIは、なぜか人間を復活させることを目指しているようなのです」
「……どういうことですか?」
「このクレイジーな命懸けのゲームのようなプログラムも人間を復活させるための枠組みということです」
「……突飛ではありますが、なんとなく理解できました。ですが、それなら、過去から大量に人間を連れて来ればいいんじゃないですか?」
「一理あると思いますが、恐らくそれでは、キメラにより絶滅させられるという結果は変わらないということなのだと思います。肉体強化し、キメラとの戦いで生き残った魔物殺しを過去に戻す。この単純なプロセスを繰り返すことにより、人間という種そのものを強化することで、今のこの未来そのものが起こらないようにする。それがAIの目的のようです」
「未来を変えるため……?」
「YESです」
未来を変えるとどうなるのか。宇宙の外側がどうなっているのかと双璧を為す、考え出すと不安になってくるテーマだ。中二病が抜けない俺は、大人になっても、そんな無意味なことを、ふと考えることがあった。
過去を改変すると未来は変わり、なかったことになり新しい未来になる?
分岐するいくつもの未来が同時に存在している?
未来は単一であり、あるゆる改変を行った結果であり、絶対に変えることができない?
そんないくつかのパターンを考え、妄想を繰り広げるが、結局、いつも腹落ちせずに終わっていた。
「ですが…… どうしてAIはそんなことを……?」
「残念ですが、それは私にもわかりません……」
その後もいくつか質問をした。偉大なる知性とは何なのか。キメラはどこから来たのか。日本以外はどうなっているのか。スキルコアとは何なのか。
しかし、いずれも白川さんにもわからないことのようであった。
もっとたくさん聞きたいことがあったような気もしたのだが、質問が思いつかなくなってしまった。
「今日は、色々、教えていただき、ありがとうございました」
去り際に、扉の前で、改めてお礼を言う。
「こちらこそ、久しぶりに話らしい話ができて、楽しかったですよ」
その言葉の通りというか、白川さんは笑顔とまではいかないが、心なしか上機嫌そうな表情に見えた。
「…………ありがとうございました」
今度は逆に少しトーンの低い様子でお礼を口にする。
今のはひょっとして……
「ちなみにですが……白川さんってこれまでにも何度か左目さんが出てきてたりするんですか?」
「え……?」
初期の頃の困り顔全開時やミッション2の後の会話で一瞬、しおらしくなったような気がしたからだ。
「あっ……えーとですね、左目の私が表に出たのは能力を明かした時を除けば、今回が初めて……ではなく!!」
「!?」
「お察しの通り何度か出てきていました!」
「……」
なんか今、急に口調が変わったような……
「そ、そうなんですね」
「そうなんですよ!」
「……本当ですか?」
訝しげな目を向ける。
「……ほ、本当です」
若干、右側に目が泳いでいるような気もする。
「そ、そろそろ行って下さい! 最後のインターバルですよ! 時間は有限です! こんなところで油を売っているより、生き残るために最善を尽くすべきです」
「あ、はい! すみません」
そうして俺は白川さんの部屋を追い出された。
追い出されてすぐに、聞こうと思っていたファシリテイターになった経緯など聞き忘れていたことに気づく。しかし、すぐに戻るのも気まずいので諦めることにする。
「生き残るための最善か……」
白川さんが最後に言っていた言葉をふと思い返す。
少々、気が進まないが、万が一に備え、今のうちに話しておかないといけない奴がいるな……
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