「大人の楽しい魔物狩り……狩られ」第30話
本作は連載作品です。第1話は下記です。
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「何はともあれ、まずは、おめでとうございます」
スタート地点である白い部屋に戻ると、白川さんが祝福の言葉を述べる。
「最終ミッションでは、VR空間には戻らず、このままクロージング・セレモニーを進行いたします。普段であれば、ここで私がファシリテイターであることを明かすのですが、今回は、それは不要ですね」
「なに粛々と進めてやがるんだ!?」
「……」
淡々と話を進めようとする白川に対し、土間が声を上げる。
「何人死んだと思ってんだ!?」
「……百九十二名ですね」
白川さんは顔色を変えずに答える。
「っ……!? てめぇ……!」
「彼女はマニュアルに沿って、仕事をこなしただけなんだ。責めないで上げて欲しい」
「!?」
土間が白川へ怒りをぶつけようとした時、どこからともなく聞いたことのない少年のような声がした。
「……」
辺りを見渡すと、いつの間にか直径三十センチ程度の円形の物体がひょっこりと現れている。
それは、さながら自動掃除機のような姿で、SF的な要素を多分に含んでいるとは言い難い。
「え……? 何ですかね……? これ……」
早海さんが現在残っている唯一の普通らしい女性の反応を示してくれる。
「僕は<シアン>と言います」
「シアン……? 名前……?」
「そうです。日本語で、考え巡らすという意味合いを持つ<思案>という字を宛てられています。僕の親がそう名付けてくれました。とは言っても、僕は皆様とは少々、異なる存在ですが」
「え……?」
「僕は、いわゆるAI……つまり人工知能というものです」
突然、現れたお掃除ロボットに皆、唖然としている。その間にも<思案>は矢継ぎ早に話を進行する。
「まず、この育成プログラムの主催者は僕です。先程も言いましたが、そこにいるファシリテイターはこのプログラムを円滑に遂行するために、僕が準備したマニュアルを遂行する役割を担ってくれています。彼女は七期、この務めを果たしてくれている」
「……」
ふと白川さんに目を向けると、どこか疲れたような顔をしているようにも見えた。
「この世界についても簡単に説明すると、君達が元いた時間の八年後の未来です」
俺は、すでに白川さんから聞いていたため、大きな驚きはなかったが、ちょっとしたざわつきが起こる。
「そんな馬鹿な……!? ここが未来……!? しかも……たった八年……!?」
友沢は口の閉じ方を忘れてしまったように驚き、<思案>に問い質す。
「事実です」
<思案>は端的にそれだけ答えた。信じる信じないは自由だとでも言うようであった。
「か、仮にそうだとして、俺達は、な、何のためにここに……?」
「ファシリテイターから最初に説明があったと思いますが、この世界を救うためです」
「……!?」
「さっきも少し言ったと思うけど、これは君達の生存力を高める育成プログラムです」
皆、すぐには呑み込めない様子である。
「これから約束通り、君達を八年前に戻すわけですが、その約一年後に変化は訪れる」
「変化……?」
「新生物<魔物(キメラ)>の創造です」
「っ!?」
「誤解しないで欲しいですが、このキメラの出現は僕が実行したものではないです。誰がやったのかについては、まだ僕の中でも正確な回答が出ていないから、ここでは言及しないでおきたい。ですが、記録では、その後、数年で現生生物のほとんどが絶滅します。残念ですが、人類もその中の一種です。当然、百九十二名も同じ運命を辿ることになっているのだから、今回の出来事なんて誤差みたいなものです」
「……」
キメラの出現は誰がやったのかわからないということは、白川さんが話していたID論は、有力な仮説といったところなのだろうか。
「というわけで、もうわかりましたよね? 君達の役割はこの未来を変えることです」
「主旨は、概ね理解した。だが、皆が正しく理解できるよう、できればもう少し具体的に教えてくれないか?」
これまで黙って聞いていた日比谷が静かに確認する。
「それもそうですね。君達の役割は、一年後に発生するキメラとの戦いに生き残り、人類滅亡の未来を変えることです」
「……」
皆、沈黙する。その話の壮大さからか、はたまた課せられた使命の重さからというのもあるだろう。
俺は、せっかく戻れるのに、しばらくしたら、また、やらなくちゃいけないのかと……懲役四十年を課せられる入社直前の最後の春休みに、更に十倍辛みを増したような感覚に陥っていた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
こんな理不尽なことをやらされようとしているのだ。聞いたって構わないだろう。
「答えられる範囲であれば」
答えられる範囲とやらが全く予想できないので、気にせず問う。
「どうして未来を変えようとするのでしょうか? 機械からすれば、人類なんて滅んだって構わないのでは?」
「僕に<思案>という名をくれたのは、他でもない人間ですよ」
「……?」
「子が親を愛することがそんなに不思議ですか?」
「……」
無邪気な回答に言葉を失う。愛と言えば聞こえはいいが、百九十二名に対する無感情さとのギャップに違和感を覚えるのもまた事実だ。
「君は今回、一位だった人ですね」
「……」
「一位の人は、特権として、この中から、次のファシリテイターを決められます」
「!?」
「過去六回同様に、前回のファシリテイターを再度、指名してもいいですし、その気があるなら、自分自身を指名しても構いませんよ」
白川さんは相変わらずの無表情を貫いている。
「ちなみにですが、戻るときは身体能力と固有スキルを保持した状態で戻ることができますよ。そうでないと育成の意味がないから、当然と言えば当然ですが」
生き残るためには必要な能力であると思うが、自由意思なく、やらされたことに対する成果そのものを恩着せがましく報酬のように言われるのは何か釈然としない。
「それともう一つ、重要な注意点があります」
淀みなく話し続けた<思案>が一呼吸入れる。もっとも呼吸器官などないのだろうが。
「過去に戻る際に肉体にスキルコアを固着させますから、もう他者からスキルを奪うことはできなくなります。なので、戻ってからは、スキルを奪うために殺すということはしない方がいいでしょう」
これはなんという朗報だろうか。過去に戻ってから、毎晩、寝首を掻かれる心配をしなくても良いということだろうか。
……逆に、今がスキルを奪う最後のチャンスということになるのだろうか? 確認してみることにする。
「では、今が、スキルも奪える最後のチャンスということでしょうか?」
「え……?」
皆が俺の方に注目する。
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