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ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ それが実際に演奏されていた場所

バロック時代の中期(17世紀後半)に低音の弦楽器ヴィオローネが小型化されてヴィオロンチェロと呼ばれるようになった頃は、まだ大きさが規格化されておらず、現在のチェロより小さなもの、大きなものと様々でした。そのうち、最も小さく、バイオリン弾きによって胸の前で水平に構えて弾かれていたチェロがありました。現在では一般的なチェロと区別して、「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」「ヴィオラ・ダ・スパッラ」と呼ばれています。日本では短く「スパッラ」「スパラ」と呼ばれるほか、「肩かけチェロ」という呼び名もあります。

絵画などの史料を元に、バロック・ヴァイオリン奏者のシギスヴァルト・クイケン氏、ディミトリー・バディアロフ氏らによって、2004年に楽器、奏法が復元されました。今では世界各地の弦楽器製作家がこの楽器を製作しています。
バッハがこの楽器を作曲や演奏に使っていたということも、近年の研究で明らかになっています。

シギスヴァルト・クイケン氏
ディミトリー・バディアロフ氏
(著書「ダ・スパッラ」表紙より)



ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(肩かけチェロ)が演奏された当時に描かれた絵画はヨーロッパ各地に残されていますが、演奏されていた場所が特定できる絵画は珍しいかも知れません。
以下に各地で描かれたヴィオラ・ダ・スパッラ(ここで言うヴィオラは、ヴァイオリン〜チェロまで、幅広い大きさの楽器の総称)の絵画をいくつか紹介します。

1612年にベルギーの画家ヤン・ブリューゲル(父)が描いた村の結婚式の様子より
1669頃、ポルトガル、リスボンの壁画より「ミダスの審判」作者不詳
1670頃、フランスの画家セヴァン「4声のミサ」より
2つの違った大きさ・持ち方によるヴィオラ・ダ・スパッラが見られる。
1687年出版、イタリアの作曲家トレッリのソナタ集作品4の中のチェロソナタ冒頭に添えられた、ブファノッティによる銅版画。
1694-1696頃、ポーランドの教会壁画より。天使が小型のチェロをヴァイオリンのようにダ・ブラッチョで弾いている。


イタリアで1685年に出版された「L'orologio del piacere(喜びの時間)」という本に、大きな部屋のバルコニーで演奏する女性オーケストラの様子が描かれた版画が載っており、その中にヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを弾いている女性がいます。

1685年出版、「喜びの時間」の挿絵より
上図の右上部分より拡大、女性オーケストラの1人が大きなヴィオラ(小型のチェロ)をダ・スパッラで弾いている。

私は初めてこの絵を見た時、空想の動物が空を飛んでいる、ファンタジー物語の挿絵かと思いましたが、そうではなく、この本は当時この地を訪れた貴族たちをもてなすエンターテイメントの記録で、動物は舞台装置であることがわかりました。
昨年、この挿絵に描かれた部屋が現存していることを、インターネットの動画の中から発見しました。

動画からのスクリーンショット。天井の模様、バルコニーの形まで、挿絵に描かれたまま残っています。

参考動画 Architettare - Speciale Villa Contarini
この動画は2011年に公開されたものですが、現在は安全性の問題で、この部屋には入れないとのこと。残念です。

この本には、当時のヨーロッパの貴族が集まる社交の場であった、イタリア北部のヴィラ・コンタリーニでの様子が書かれています。女子養育院の若い女性たちが、様々な楽器を演奏するだけでなく、そこでの芸術的な役割を実に幅広く担っていたことが分かります。この本自体も彼女たちによって印刷されています。
L'orologio del piacereの全てのページはこちらのサイトから閲覧できます。

イタリアでヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの製作をしている楽器製作家のダニエラ・ガイダーノさんとアレッサンドロ・ヴィシンティーニさんが、現存しているヴィラ・コンタリーニを訪問しました。

ガイダーノ氏とヴィシンティーニ氏


そしてその詳細に渡るレポートと壁画などの画像、更には、古く高貴なイタリア語で書かれた「喜びの時間」の内容を、英語に要約して彼らのウェブサイトで発表してくださいました。

次回からは、それを和訳したものを順次紹介していきます。


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