呼吸

 人生って大変だ、大変だ、大変だー。

 最近はぼちぼち月半分以上は働いているけれども、それでも生活は潤ってるわけじゃない。格安でメシ付きのルームシェアをさせてもらっているのに、だ。一般的な方々は土日以外毎日働いて、一生懸命やっているのだろう。それでも日々の固定などはガッツリ引かれ、残ったのは微々たるものだったり。さらに嫁や子供がいるとなれば、月2万円のお小遣いだけでやりくり。飲み会なんて行けるはずもなく、基本スーパーの発泡酒。それでも毎日の晩酌だけが楽しみで、二日酔いにもなれない量の酒を飲み、夜が明ければまた通勤ラッシュの渦の中へ。

 なんだろうね。生きてて大変じゃない人なんていないと思うんだ。ニートはニートで辛いし、生活保護は生活保護で辛いし、浮浪者は浮浪者で辛いと思う(むしろ1番辛いかも)。それでも生きるんだ。ほとんどの人は自ら命を絶たずに寿命を全うする。どんなにいい人生でも、悪い人生でも、納得できてもできなくても、素晴らしい偉業を成しとげても、凶悪犯罪を犯してしまったとしても、必ず死ぬ。よくよく考えたら恐ろしいシステムだ。死ぬまでの間に何ができるか。戻ることはできない。不可逆なことをしてしまえばそれはもう受け入れる他ない。腕を失ったら失いっぱなし。前科がついたらつきっぱなし。不治の病にかかれば一生それと付き合うことになる。

 人生なんて考えれば考えるほど恐ろしくて、病むようにできてるのかもしれない。だからアルコールなんかで脳みそを麻痺させるのだろうきっと。僕は酒を飲まないし、考えるのが趣味みたいなもんだから、この手のことをずーっと毎日考えていたりする。その度に、「何かやらなくちゃ」と焦燥感のような想いを抱く。のほほんと暮らしてる(ように見える人)が羨ましい。晩御飯の内容でテンションが上がったり、テレビドラマに一喜一憂したり、悩んだら頭が痛くなるから悩まない、とかさ。

 考えて考えて考えて、そこで終わったら何もない。だから頭に浮かんだことを実行する。想像することが創造の始まりだと思う。まだまだやりたいことやら成し遂げたいことがたくさんある。まだ何も始まってすらいないという感覚。どこまでいけるのか。死ぬ間際にどうなっているのか。来年の今頃のことだって想像がつかない。今年はあまりにも色んなことがありすぎて、2023年は5年間くらいの長さだったような気がする。書いても書いても書いても書いても答えは出ない。自分の中でこれだ!っものを見つけて信じるしかない。でもそれが幻のだったりすることも多々ある。

 バンドをやれて、今この環境に居られて、人と出会って話して、本当にありがたいことばかり。いつ死んでもいいと言えば本当にそうなんだ。もう人生3周くらいした気持ちでいる。でもまた色んなことがあり、誰かの何かを背負ったりして、濃い道を進むような気がする。人生が修行と言うのなら、こんなに楽しくて夢がある修行はない。辛いだけで死ねば救われるなら、大半の人がとっくにそうしている。だけどそれだけじゃない。見方を変えればどうとでも捉えられる。誰かのムカつく言動やらは、きっと自分が誰かにしてしまったことが返ってきているだけ。人は鏡で、人の振り見てなんとやら、教師でも反面教師でもある。

 くだらないことがしたい。でもつまらないことはしたくない。しょーもない人生でもいい。でもしょーもない奴にはなりたくない。カッコつけてもカッコつけても何一つカッコつかないんだから、そのままナチュラルに曝け出すしかない。少しでも分かり合える人がいればいい。だけどなるべくたくさんの人に何かを伝えたい。音楽が自分の中で常に変化している。しょーもなかったり、ものすごく壮大だったり。もう2度とやるもんかと思ってたし、未だにやっているのが信じられなかったりする。やはり自分の意志ではないところで人生は動いている。むしろそれが軸だ。どこに流されるのか。どう泳ぎ抗うのか。これからが楽しみだ。

 もう腐ることなんてない。周りの人たちが懸命に生きているのだから。自分の中で何かを成し遂げるまで死ねない。まだ死にたくない。つまりは生きたい。こんなにも大変な世界だけど、まだ息をし続けていたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?