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新しき地図 1 プロローグ

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プロローグ 
 
     1
 
 知り合いのダイゴ医師から、私の探偵事務所に連絡が入ったのは、ちょうど、素行調査の報告書をまとめ終わって、そろそろ昼食にでもしようかと考えていた昼の12時くらいだった。
「クニイチ君、今時間あるかい?」
「ああ、これから食事にでも行こうかと思っていたところだ。今日は、ダイゴ先生はクリニックがお休みの曜日だったね。一緒にごはん食べるというのなら歓迎だよ」
「確かに今日は、クリニックは休みなんだけど、頼まれて他の病院でアルバイトしているんだ。野崎病院といって、民間なんだけど、手術もしているけっこう大きな病院なんだ」
「手術の手伝いかい?」
 私は、開業したあとも何回か、野崎病院でダイゴが腹腔鏡手術の手伝いをしているという話を聞いたことがあった。
「いや、手術で病棟をみる医者がいなくなるからというんで病棟回診を頼まれて来たんだけど。実は事件がおこったんだ。殺人事件だ」
「病院で?医療ミスかい?」
「いや、そんなんじゃあない。野崎病院の理事長が、自分の部屋で死んでいるところがみつかったんだ」
「自殺でなく?」
「今は、その線で、おちつきそうなんだが・・・詳しいことはこっちにきたら話す。警察がもう来ていろいろ調べている」
「ぼくが行ってどうするっていうんだい?」
 ダイゴ医師は少し声を小さくして言った。
「だいたい、ぼくには謎が解けているんだが。自殺ではなく、殺人じゃあないかと」
「じゃあ、ダイゴ先生の推理を警察に言えばいい」
「まだ完全に自信があるわけじゃあないんだ。それにぼくは警察が苦手なんだ」
「おいおい」
 私は、苦笑した。
「お医者さんが、警察が苦手というのはちょっとどうだろう?」
「とにかく、ぼくが、警察にクニイチ探偵を呼んでいいか?と聞いたら、君の名前もかなり警察内で売れてきているらしくて、少し複雑な殺人事件だから知り合いなら呼んでもらってもいいと、了解はとった」
「つまり、ダイゴ先生のかわりに、ぼくが警察にダイゴ先生の推理を伝えろというわけかい」
「悪いけど、そうしてもらえないかい?ぼくは、世間や警察で目立ちたくない。でもクニイチは探偵事務所の宣伝をしたいだろう?ちょうどいいじゃあないか。それに、真実を警察に伝える必要がある。殺人事件は動機がなんにせよ、けっして許されないものだからね」
 
     2
 
 のんびりランチをとるという一日の中の一番大きな幸せを犠牲にして、私は野崎病院に向かった。
 本日のランチメニューは、車を運転しながらのコンビニのおにぎりと缶コーヒーに化けてしまった。
 
 警察によると事件のあらましは次のようだった。
 野崎病院の理事長の野崎守が自分の部屋で殺害されているのがわかったのは、今日の朝10時30分ぐらいのこと。
 理事長の電話番号履歴からも確かめられたが、その時間くらいに、同じ階のナースステーションに、理事長から院内携帯電話がかかってきた。しかし、スタッフが携帯電話にでると、かけてきたはずの理事長からの応答がなかった。
 不自然に思った病棟看護師は理事長の部屋に行ってみた。
 携帯電話の発信先は理事長の部屋を示していたからだ。
 ところが理事長の部屋は鍵がかかっていて、ノックをしても応答がない。
 その看護師が、合鍵をもっている理事長の妻の野崎純子を呼んで、一緒に部屋をあけると、血まみれになった理事長が部屋に横たわり携帯電話をにぎりしめて死んでいた。
 凶器は、その横に転がっていた包丁とおもわれ、頚動脈を切られたことによる出血死と思われた。
包丁には指紋は検出されていない。
 部屋の鍵を持っているのは、妻の知る限りでは、理事長本人と妻、そして理事長の息子である事務長の野崎英一の3人だけ。
 野崎理事長の息子の野崎英一は、父親の野崎守が再三説得したが、結局医学部受験をせずにいて、しばらく外で働いていたが結局数年ほど前から病院にもどり、医師の資格がないので事務長となっていたのだった。
 院長は、理事長とは血縁関係はなく、いわゆる雇われ院長だ
った。名は阿部保。
 
 犯人は外部からきたとは考えにくかった。
 なぜなら、理事長室は袋小路でその奥は理事長個人の住宅になっていて妻がそこにいた。それゆえ、理事長殺害後外にでるには、手術室の入り口の前を通って病棟のナースステーションの横をとおり病棟を横切らねばならない。
 もちろん、妻の純子が殺すとか共犯者ということも、理屈としては可能だが。
 一方、殺害時間のころ、ダイゴ医師は病棟を回診中で、彼をふくめ、ナースステーションにいた誰もあやしいものを目撃したものはいなかった。
 それに、殺害時に頚動脈を切っているということで犯人は少なからず返り血を浴びている可能性があると思われるが、そのような人も目撃されていない。
 病院のスタッフも返り血をあびたあと仕事を続けることは不可能と思われる。そのような衣服の汚れたものはいない。
 今日は朝から、理事長の息子の野崎英一事務長の胃癌に対する腹腔鏡手術がおこなわれ、院長をはじめ外科部長など病院の重要スタッフはその手術に朝から入っていた。そのため、病棟回診する医師がいなくなり、ダイゴ医師が臨時によばれ病棟回診を行っていた。
 手術は順調にすすんでいた。それは、手術のリアルタイムの映像が病棟のテレビに映し出されていたことからも明らかだった。
理事長が殺害されたことは、すぐに手術室の院長のもとに連絡されたが、手術中のためにすぐに出ることができず、電話にて警察を呼ぶように指示が院長からだされた。
 手術は12時近くになって終了し、院長はようやくそのとき理事長の死体を目にした。また息子の事務長は手術後まだ麻酔からさめたばかりで、まだ自分の父親が殺害されたことを知らされずに病棟のベッドの上に横たわっていた。
 
「彼を殺そうと思うような動機をもつ人は?」
と、私は話のメモをとりながら型どおりの質問を関係者にしていった。
 
 警察が現在知っている範囲では、殺人をおかすまでの動機をもった人を特定できていない。
 ただ、理事長の妻の話によれば、最近病院の経営をめぐって父親である理事長と息子の事務長が言い争いをしたことがあるらしいが、それは進路選択のころからはじまっている親子げんかで特別なことではないという。
 なんといっても、事件当時、その息子は手術室で手術をうけていた。
 そのほか、医療訴訟については、野崎病院は今かかえていない。病院の治療状況に不満をもつ患者が全くいないということはないし、多くの病院スタッフの中で理事長に不満をもつものはいないということはないが、現在警察の知る範囲では具体的な有力な情報はなく、今後の調査の進展を待ちたい、との見解だった。
 
   3
 
 私は、警察に案内されて事件現場を見た後、病棟にいたダイゴ医師のところに行った。
 彼は、ナースステーションの脇の談話室でなにやらDVDの映像をみていた。
「なにをみているんだい?ダイゴ先生」
「ついさっきまで手術室でやっていた事務長の腹腔鏡の胃の手術のDVDだよ」
「へー。記録されているんだ」
「腹腔鏡手術はカメラをつかうから簡単に録画できるんだ」
 私はしばらく彼とその録画映像をながめていた。臓器や道具が動いていること、ときに臓器が焼けたりそこから出血したりしているというのはわかるが、今何をどういう目的でやっているかまったくわからなかった。
「この映像、ぼくは午前中、手術とリアルタイムで。ここでみていたんだ。これは録画だからそれと同じものだ」
「なにか事件と関係するのかい?」
「たぶん」
 私には手術の映像をみて理事長室での殺人事件のことがわかるとはとても思えなかった。
 それに、理事長の死が殺人と断定されているわけではない。
 状況からすれば、自殺という線でも十分説明がつく。
「ダイゴは、警察からもう事件のこと聞いたかい?」
「いや、まだだ。クニイチは聞いてきたんだろう?ぼくにに内容を教えてくれるかい?」
「そんなに聞きたいのなら、ぼくでなしに自分で警察に聞けばいいじゃあないか」
「まあ、そう怒るなよ。ぼくは、今日は、臨時のアルバイト医師にすぎないんだから」
「それで、ダイゴ先生。先生はだいたいもう犯人がわかっているって、電話でぼくにいったけど、そいつを教えてもらえないかい?」
「そうあわてるなよ。もう少しで、はっきりするところなんだから」
 
 そのとき、急に、足元がぐらぐらはじめた。
 ナースステーションの方に目をやると、みなが棒立ちになっている。
 地震?
 ナースステーションの外に、私とダイゴ医師がでようとした瞬間、さらに大きな揺れが襲ってきて、立っていられなくなった。
 あちこちで悲鳴があがった。
 棚の薬品や備品がおちてきて地面に砕け散った。
 私とダイゴは、数人いたナースステーションの看護師と共に、テーブルの下にもぐりこんで、揺れが収まるのを待った。
 ひどい揺れだった。
 この先どうなるのだろう?
 そう思ったものの、思考はそれ以上、すすむ気配はなかった。


2 へのリンク: 新しき地図 2 妄想トリック|kojikoji (note.com)

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