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アイドルの努力とファンの感動について

あるアイドルファンは言う。「彼女たちが頑張っている姿を見て、元気をもらえる。感動する」と。

最初はその考えに否定的だったが、どうも気になって色々考えてみた。

大多数のアイドルのスタンスは、「私達まだまだ歌もダンスも下手っぴだけど、トップを目指して頑張ってます! 応援お願いします!」というものかと思う。

対して、例えばアスリートなどは結果が全てであり、頑張ってるアピールなどしている暇はない。が、そこには確かに「リアルな頑張り」があり、それは必死にプレイしている選手から確実に伝わってくる。

では前者のほうが「価値が低い」ということになるのだろうか。アイドルの「頑張ってる姿」は、商業的に作り上げられたものである。作り物の「頑張り感」には意味がなく、ファンはただ振り回されているだけなのだろうか。

もちろんそんなことはない。

なんならもっと虚構の存在であるドラマや映画、アニメで、人生を変えるほどの感動を得た人もいるだろう。作り物と承知の上でだ。

リアルと虚構、どちらも人を感動させることができるのは何故だろう?

それは、その2つには、(脳にとって)違いがないからだ。

脳には古い層と新しい層があり、古い層は感情や感覚を、新しい層は理性や思考を司るという。そしてその古い層では、自分と他者の区別はできるが、現実と虚構の区別はできない。

つまり、現実の頑張りだろうと、虚構の頑張りだろうと、(古い層の)脳はその違いを認識できない。

また、誰かが泣いていると悲しくなったり、喜んでいると嬉しくなったりするが、そういう「共感する能力」は、おそらく脳の古い層が引き起こしている。

ドラマチックな作品が名作として広く支持されるのは、この「共感する能力」により、登場人物に対して感情移入できるからだ。そしてその能力は、現実と虚構の区別がつかない、脳の古い層が持っている。そのため、理性では作り話と解っていても、古い脳はその区別がつかず、感情を揺さぶられるのだ。

人を感動させるのに、リアルか虚構かは関係ない。アイドルはその可能性の一つである。

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