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MOTを知る特別講座2019 「科学技術とイノベーションマネジメント」 聴講メモ

○MOTについて
https://school.nikkei.co.jp/special/mot_tit/

○講師
東京工業大学・東京大学 梶川裕矢

○序論
・博士までは半導体材料工学。
 その後興味を持って情報工学、持続可能性学の研究を行っている。
・現在の専門は技術経営や政策。環境やIoTなど幅広く扱う。

○イノベーションとは?
・イノベーションといっても人によって重点を置くところが違う。
 ある人は技術、ある人はビジネスとして収益を上げることという。
 収益というなら不採算案件を切ること、M&Aはイノベーションと呼ぶか?
・仮に事業の収益性とするなら最もイノベーショナルな企業は時価総額ランキング企業
・国の経済成長を決める4つの因子
 →GDPがどうやって決まっているかを分析
  乱暴には各企業の付加価値の総和を分析
  国ごとの様々なデータを集め相関を分析→因子分析
 ・イノベーション力
  →人口当たり特許の数、大学の卒業者数、インターネット利用者数
 ・市場の開放性
  →対GDP輸入の割合など
 ・ガバナンス
  →知財
 ・政治システム
  →民主主義がどれほど進んでいるか

・イノベーション、ガバナンスはGDPと相関が高い
・政治システム、市場の開放性はGDPと無相関
 →関税障壁を撤廃すればGDPが成長するというわけではない。
  伸びる産業もあればそうでない産業もあり、マクロで見れば打ち消しあう。
 →GDP(=経済成長)はイノベーションで決まる

・イノベーションの例:光触媒
 ・1967年に東大の学部生(藤島)にて発見、72年Natureに掲載、非常に注目を集めた
 →鳴かず飛ばずの状態が25年。
 →藤島先生「70年代は光触媒にとって夢の時代。80年代は悪夢の時代。90年代に産業応用」
  90年代に副次的効果で産業技術として花開く
 →商業化はそこからさらに10年かかった。
 →国からの投資はなぜか2003年に参入。ビジネスが見えてから入ってくる。

・イノベーションが商業化されるには辛抱強い基礎研究がある。
 →1人のイノベーターによって起こされるように思われるが、
  長いプロセスの中に延々と繋がるアクターがいる
 →青色LEDは中村さんがイノベーターに思われるが、
  長い歴史の結晶成長学の基礎研究の知見が集約されている。

・教育が産業につながった顕著な例:アメリカの情報技術
 ・コンピュータサイエンス修士の数:70~90年にかけて6倍増加
  →アメリカは戦略的にHWではなくSWへ人材育成の舵を70年代にきった。
 ・シリコンバレーで産業が伸びたのは90年代
  →教育の投資効果が産業レベルで現れるには20年程度かかる。
 ・アメリカの大学の構造変更を可能にしたのは
  学長のリーダーシップではなく軍や富豪の予算と言われている。
 ・日本では情報系修士は1990年まではほぼ0。
  1990年ごろにそろそろやらなければと始めた。
  →文科省の政策、徳永さんという当時課長補佐が大学の定員を情報系に割り当てたいと
   調整を進めていった。
  →奈良先端技術などを立ち上げ。
 ・中々見えていない技術、事業、ビジネスモデルには投資できない。
  ビジネスとして見えてくると投資を始める。役所でも企業でも。

・文科省直下組織によるイノベーションの定義
 →企業が収益改善のために行う新しい取り組みのことです。
  なお、自社にとって新しい取り組みであれば、他者が既に同様の
  取り組みを行っていても「イノベーション」となります。
 →取り方によってはみんなイノベーションと言えるが、
  研究者や国際的にはこうは言わない。

・OECDによるイノベーションの定義
 ・
 ・以下はイノベーションと言わない
  ・何か事業をやめることの収益性の改善
  ・資本増強、M&A
  ・原価価格の変動
  ・既存製品のカスタマイズ

・イノベーションとイノベーションの収益化は別
 ・イノベーションにはたくさんのアクターが関わるが
  それを収益化するのは別の人

・小まとめ(国際的に合意されたイノベーションの定義)
 ・イノベーション=何か新しいもので価値を作る
  Value Creation with Something New
 ・Value:経済、社会、文化、環境
 ・Something New:今まで誰もやっていない

・Something New
 ・どういう価値を誰に提供するか?

・価値が相対として増加していること
 ・価値にはトレードオフがある。このトレードオフをずらし
  総体(net value)を増やすこと

○多様化するイノベーションモデル
・3つの課題
 ・テクノロジーの変化
 ・軌道移行を伴うイノベーション
 ・多様化するイノベーションモデル

・テクノロジーの変化
 ・テクノロジーの地政学(東大と楽天)
  →シンプルに言うと中国がシリコンバレーを抜いていると言うメッセージ
   AI、次世代モビリティ、フィンテック・仮想通貨、小売、ロボティクス、農業・食テック

・2010-2014のコンピュータサイエンス論文のネットワーク分析(引用関係)
 1位:IoT, Wireless network
 2位:AI
 3位:クラウドコンピューティング
 4位:可視化
 5位:イメージング(CG)
 6位:モバイル
 7位:ソフトウェアエンジニアリング
 8位:GPU

 論文の質は引用の数で測れるが、上記はその上位10%のもの=質の良い論文
 アメリカと中国で論文の数がほとんど同じくらい。
 日本は12位。台湾や韓国より質の良い論文が少ないのはなぜ?

・GPU専業の企業がインテルの時価総額を超えている
 →学術領域と産業の相関の例。

・個人的にはソフトウェア開発が7位と言うのが意外。
 Agileなどの方法論だが、枯れていて今研究している人はいないと思っていた。
 ソフトウェア工学の論文はほとんどアメリカ。
 AIやIoTなどばかりやっていると思いきや、方法論もアメリカは研究していた。

・二次電池の例
 ・日本の自動車は産業の大きな転換期。
  自動運転など新しいエコシステムの構築、動力については二次電池が注目されている。
 ・蓄電池の研究領域は主に4つに分かれるが中国は圧倒的に電極材料に注力
  →この領域では論文数で中国がトップ
  →米は2位。ただし材料研究からシステム技術に重点をシフト。
   充放電マネジメント、熱マネジメント、残容量予測など。
 ・日本は主要国では唯一論文数が飽和・低下傾向、5位
  電解質で一部優位。

・ビジネスエコシステムの構造分析
 Johnson Controls, AzureなどEV分野に投資を進めていることが分析でわかる。

 戦略パターン
 ・水平展開
 ・上流に手を伸ばす:テスラ
 ・下流に出て行く

・カリフォルニア州のZEV規制
 ・ハイブリッド車をカリフォルニアから出してEVを売ろうと言う規制
 ・イーロン・マスク「水素社会など来ない(2016)」
  →EVメーカーからエネルギー企業へ
  →技術単体で見ていてはエコシステムを形成できない。
   おそらくイーロンマスクは電力事業と自動車事業のエコシステムを考えている
   中古の2次電池を自動車に応用
  →体積容量など従来の研究とは異なる軸の研究が必要になる。
   二次電池の中古利用が必要→米は残容量予測の研究に注力している。

・米では学術研究と産業がうまく連携しコンカレントにシステムを構築している
 →日本では要素技術に注力してしまう。
  技術の変化に日本の大学・企業が乗れていない。

・軌道移行を伴うイノベーション
 ・クリステンセン「イノベーションのジレンマ」
  彼の研究テーマは「エクセレントカンパニーがなぜ数年でダメになるのか?」
  →結論はマーケティングをやりすぎ。
 ・横軸に時間、縦軸に製品スペックを取る。
  時間と共に製品は改善されて行く。
  ある時、顧客が本当に望んでいるスペックを超えてしまう。
  新しいベンチャーが顧客の期待を超えるとシェアの移行が発生する。
  →本来は企業の中でこの両方をやる必要がある。

・ソニーのリチウムイオン電池は1987年にスタート、1990年代に市場を席巻した。
 しかし、シェアを取られて村田製作所に事業売却
 →ポリマー型の電池を

・カニバリゼーション:同じ市場を社内の別の部署で食ってしまう。
 社内の力関係

・なぜこんなことが起きるか?
 ・組織の意思決定の問題である。
 ・日本のオープンイノベーションはオープンイノベーションになっていない。
  なぜなら彼らがイノベーションの担い手になっておらず、評価ばかり行っているからだ。
 ・正規分布。マジョリティとマイノリティの選択に迫られると必ず前者を取る。
  意思決定がマジョリティに引っ張られる
  →軌道延伸型と軌道移行型を企業内で両立するのは難しい。
  →実は企業だけでなく大学でもよく起こる。

・多様化するイノベーションモデル
 ・Paypalの起業家ティールがかいた「0to1」
  シリコンバレーの大前提
   1. 少しずつ段階的に前進すること
   2. 無駄なく柔軟であること。
    全ての企業は「リーン」でなければならず、「計画」しないこと
   3. ライバルのものを改良すること
   4. 販売ではなくプロダクトに集中すること
  ティールはこれと逆だと言う。
   1. 小さな違いを追いかけるより大胆に掛けた方が良い
   2. 出来の悪い計画でも、ないよりはいい
   3. ライバルの改良では、競争の激しい市場では収益が消失する
   4. 販売はプロダクトと同じくらい大切だ。
 ・どちらが正しいのか?
  →経営に正解、ベストプラクティスは存在しない。
   (MOTのような研修ではベストプラクティスが受けるが)
 ・ティールは「自分の頭で考えることが重要」
  「どういうモデルをどう適用させるか」が重要だと言っている。

・Linearイノベーション
 ・アイデア→研究→プロトタイプ→製品→イノベーション
 ・市場が明確に存在する場合に向いている。
 ・手段による参入障壁を起こすことができる

・User-drivenイノベーション
 ・ユースケース、ビジネスモデルのアイデア
 →モックアップ・プロトタイプ
 →ユーザーベース
 →イノベーション
 ・マーケットやニーズが不明なものに向いている
 →β版であっても市場に投入することが重要

・Ecosystemイノベーション
 ・既存のパラダイム自体に挑戦
 ・Technological niches→Socio-technical regimes→Landscape developments
 ・ニッチでは様々な技術が競合している。
 ・どの技術がメインストリームとなるかはレジームが決める
 ・Linear型はエコシステムに対してパッシブに進める
 ・そうではなくEcosystem型イノベーションはレジームやランドスケイプと
  コンカレントに進める。
  →技術開発と同時に産学を巻き込んでいく
  →自動運転、AI、水素自動車しかり、今後の産業構造の変化はエコシステム型
  →エコシステムにおいてはプラットフォーマーが収益の大部分を得る。
  →例:iTuneやアプリ開発の売り上げの3割がプラットフォーマーに持っていかれる

・3つのイノベーションモデルは独立ではなく、同時進行しているとも言える。

・イノベーションマネジメントの方法論
 ・過去から現在を分析し、その後どうなるかを見る。
 ・単なる将来予測だけでなく、「他にこういうシナリオもあり得る」と定義し
  そのシナリオに必要な研究開発や事業、ビジネスモデル戦略を構築する
 ・自社の経済、社会、環境への影響、実現可能性、実装可能性、収益性

○イノベーションの実現に向けて
・インテリジェンス機能の強化
 ・CI:調査部
 ・CIが機能するためにはIntelligent Circleが必要
  →順番が大事である。
   CIユーザ(意思決定者)が知覚・予感があってCI担当者にインテリジェンス要求を出す
   CI担当者が情報収集・分析を行い、知識を提供する。
  →このサイクルだけでは上手くいかない
 ・Absorptive Capacity
  ・事業部とCIの連携が必要
   事業部においても知見を獲得、分析、内部知識の統合、活用計画を立てる。
 ・分析自体は意外と早くできる。
  分析と実行には大きなギャップがある。
  分析に時間をかけていてはダメ。
 ・Foresight研究
  ・Weak Signals:世の中の弱いところをどう意思決定に反映させるか。
  ・データ分析をもとに予兆を捉える
  ・萌芽的・脱成熟的研究領域の抽出
   →「今どこが伸びているか」に加えて、その領域の論文が新しいか古いか?
   →領域は新しいが論文は古い:インクリメンタルな進化
   →領域は新しく論文も新しい:Change-Maker
   →領域は古いが論文が新しい:既存領域で何か変化があるか?(ブレイクスルー)
 ・論文-特許関連性分析による事業展開可能性の評価
  ・論文あるけど特許を取っているか?分析
   ・特許無し:固体電子学

・インサイダー兼アウトサイダーの視点
 ・イノベーションは別の軌道との接点から生まれる
 ・新結合のプロセスは3つのプロセスがある。
 ①抽象化(Abstraction)
  Degree of Abstractionが高まるとSolution Spaceが高まる
  他の産業でもやられているということがわかる。
 ②Analogy
 ③Adaptation
  ウチの業界でやるにはどうすればいいんだっけ。
 ・抽象化の程度もほどほどが良い。
  あまりに抽象化を高めるとAdaptationできない。
 ・そもそも新しいアイディアの種が頭の中に詰まってないといけない。
  単に抽象化できる頭の良い人から生まれる訳ではない。
 ・既存の枠から飛び出す、繋げる、帰ってくる
  →こういうことができる知的プロフェッショナル人財をどう育成するか?
   後押しする組織文化・制度
 ・データマイニングで異なる産業の論文の相関を分析。
  繋げられるものを可視化しようという試みも行なっている。
  →燃料電池の触媒を用いると常温・常圧でアンモニアを合成できる、ということが見つかった
  →航空機の自動操縦システムは自動車の自動運転に使えるのでは?
  →化粧品x脳科学。実は国内化粧品最大手は脳科学の研究をしている。
   化粧品はマーケティング勝負なところがあるが、そうではなくて機能的化粧品で勝負しよう。
  →ロボットx高齢化社会
   日本では社会科学の論文は少ないが、海外では高齢化社会の論文もたくさんある。

・ネットワーク・オブ・ネットワークス
 ・イノベーションは「強い個人」の連携でしか進まない
 ・強い個人はそれぞれのコミュニティを持っているので、それらを組み合わせながら進める。
 ・ネットワークが中々進まない
  →組織が違う、価値観が違う、インセンティブがない
 ・Epistemic Community
  →国際社会を動かしているのはこれ。
   ネットワークに加えて知識・価値観・有効性の基準・タスクの4つを共有している。
  →有効性の基準:「ここまでやれば仕事として十分だ」という基準
   ここがずれていると中々協働できない。
 ・強い個人:人に伝え、説得し、巻き込む
  →資源動員プロセスと合わせて考えなければならない

 ・スタート時に事業部・本社の応援があった:8/23
 ・事業化に至る過程で事業部門からの反対がなかった:8/23
 →新しいことは応援されないし反対の嵐に合うのが常。
 →周りを説得するのに創造的正当化が必要

・創造的正当化
 ・論理
 ・論拠
 ・情理
 →世の中の意思決定は論理や論拠では変わらず、「あたかも論理や論拠をまとった情理」が決める
  同じことでも言う人が違えば結果が変わる
 →相手にとっての立場、意味、感情を考えられるか。
  最終的に相手を説得することができるか。
 →理系出身は相手を説得できないと「あいつはバカだ」と考えがちだが、
  世の中は論理、論拠だけではなく、情理で動く。
 →イノベーションは論理、論拠、情理を兼ね備えて、創造的に説得していく。

・ナラティブとストーリー
 ・成功するアントレプレナーと失敗するアントレプレナーを分析
  →成功するアントレプレナーはシンプルに「話が上手い」
   色んなストーリーが頭に入っていて、他者の認識フレームに合わせて
   既存の物語を組み合わせて構成・提示できる。=ナラティブ

 ・創造的正当化の5つの方法
  ・Value-based:儲かりまっせ
  ・Telelogical:技術確信だ
  ・Historical:我々はどう言う歴史的経緯でいるのか?
  ・Ontological:我々は何のために存在しているのだっけ?
  ・Cosmological:広い社会的意義で正当化。ソーシャルジャスティス、サスティナビリティなど

・経営学の知識フロー
 最新は国際論文
 →一般書
 →(果てしない言語の壁)
 →日本の学者が翻訳して劣化版日本語論文
 →そこからエッセイ、ビジネス書。常に新しいビジネス書が出てくる。
 ・最新と書籍では果てしない時間の差がある。

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