【エッセイ】地下鉄の壮絶な席取りゲーム【一輪劇場裏話】

 地下鉄に乗り込む人々が、奇妙な挙動をしていることに気づいた。

 ある日、いつものように乗車ゲート前の列に並ぶ。私は前から四番目だ。人々は大抵スマホを確認しているか、線路の向こうにある広告を眺めている。

 そこへ列車がやってきた。すると皆一斉に画面や広告から目線を切り上げ、電車の窓越しに車内の混み具合を確認する。正確には、空席がどれくらいあるかだ。

 ……この時点から既に、座席獲得の戦いは始まっている。

 電車のドアの境目が安全ゲートの裂け目へと徐々に近づき、少しズレたところで止まる。ドアが開く。しかし、降りる人が先。まだ我慢だ。着々と下車が進む。私の列の先頭に並んでいるサラリーマンは、待ちきれなくなってジリジリとつま先で足踏みする。

 下車が終わった。さあ、一斉に乗り込む我々。一刻も早く座りたいのはみんな同じ。でも、ダッシュはできない。そんな大人気ない真似ができるわけがないのだ!

 あくまで、歩く。時に早歩き。いかにも「人の流れに身を任せていたらたまたま空席の前に辿り着いちゃった〜」風な顔をしなくてはならぬ!

 車内を見渡す。少し向こう、イヤホンをしたおばちゃんの隣に空席が一つ。勝った。座れる!
 座ったら今日の二限にある英語の課題をやるんだ。もう二度と先生から冷たい目で見られることなどないっ。

 ……そこへ脇から滑り込んだスキンヘッドの中年男性。

 はぁ、今日は敗北だ……。私は吊り革を握って、天井から吊り下がった植毛の広告を眺めるのだった。

 地下鉄では、毎日のように静かな席取りの火花が散っている。聞いた話によると、火花の散り方は路線によって違うようで、会社員の多いやや地方の駅だとみんなダッシュで席を奪い合うらしい。おっそろしいもんだぜ。

 と言いつつ、私はより高確率で座れるような戦術を日々磨いている。どこの車両が空いているのか、人の少ない時間帯はいつか、各停か特急か……。

 もし、そうやって苦労して取った席を屁理屈で、それも妙な説得力のある屁理屈で奪われたら嫌だなぁと思ってできたのがこちらの動画でした。

 「地下鉄の座席の香り」
・Youtube

・note

 みんなが明日、ちゃんと座れるように祈っています。それではまたいつか。

毎日コメダ珈琲店に通って執筆するのが夢です。 頂いたサポートはコメダブレンドとシロノワールに使います。 よろしくお願いいたしますm(_ _)m