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笑う剣士に福来たる

目標はある、稽古はない

「2月の昇段審査は受けましょうね」と、支部長先生にお声掛け頂いたのは12月のこと。「目標を持って稽古をした方がいいからね」と背中をポンと叩かれて、「はい」と頷いたものの審査までは時間がない。時間がないけれど日本剣道形の自主練もしましょう、と先生方と準備を始めているうちに、まん延防止等重点措置により稽古もなくなった。

浮かれモード

稽古自粛で剣道から離れていたから、審査会場の更衣室で剣道着に着替えたら清々しくて、防具を付けたら身が引き締まって、久しぶりに剣道が出来ると思ったら嬉しくて、同年代の同じ目標を持つ方と竹刀を交えることが楽しくて、ウキウキ、ワクワクと立ち会いに臨んだら、合格を頂いた。合格したから楽しいのではくて、楽しかったから合格した。その日の私を振り返ると、家を出たときから冷たい雨が降っていたが、朝から心と身体は軽かった。

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靴が光れば私も光る

Twitterでお世話になっている剣道中毒先生の著者の影響を受けて、審査の当日はお出かけ用のコートを着て、磨きあげたお気に入りの革靴を履いて出掛けた。 過去の審査では気軽にパーカーにジャンパーを羽織ってスニーカーで出掛けていたが、服装がきちんと整うと腰つきが、足取りが、揃えた指先が、妄想に走りがちな私は自然とデキる女を演じ始める。ちなみに勝負パンツは黒だし、今日の手拭いは、Twitter剣道界の顧問、幸せを呼ぶきくぞう先生のオリジナル手拭いだ。

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主婦の正義感


過去の審査で私は、心ここにあらずで、洗濯をして大雑把に片付けをして掃除機を掛けてジタバタと家事をこなし、中途半端のまま慌てて家を出たことを、電車の中で後悔したものだ。けれども、今回は審査の前日の朝に近所の公園で1時間、剣道形の自主練をして、自室で30分歌いながらトランポリンを跳んで、掃除機を掛けてモップ掛けをして、観葉植物の水やりを終わらせて、早々と筋肉痛に襲われて、早めに寝てしまった。そのおかげで当日の朝は目覚ましよりも先に目が覚めて、時間的にも余裕があって、洗面所とトイレの掃除もしたし、普段は朝食を身体が受けつけないのに、ニュースを見ながら牛乳とメロンパンで優雅なモグモグタイムを過ごした。とにかく、家事を残してしまったという罪悪感が皆無なのは、とても幸せだ。ああ、今日の私は完璧だ、自由だ、と誇らしく思えるのだ。

控えめな神頼み


審査の10日くらい前に、夫と鎌倉宮に出掛けた。夫の前厄と次男の本厄の厄払いをして、近くにある受験の神様で有名な荏柄天神にも足を伸ばした。ニ礼ニ拍手一礼をして、住所と名前の自己紹介と日頃の感謝を告げ、「審査に受からせてくださいなんて図々しいことはお願いしません。無事にその日が迎えられたらいいなあ、というくらいの私でございます」とお祈りをする。入学試験シーズンなので、学生の絵馬の上に私が絵馬を置いたら申し訳ないから、絵馬は書かない。お守りも買わない。ここは「若者よ、頑張れ、学べ、受かれ」と未来を担う若者に譲って去るのが潔いのだ。

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キホンノホンキ

開会式の前に審査員の先生方の休憩時間があって、その間に受審者は各々準備体操や、素振りを始めた。蹲踞してそのまま後ろに転倒しませんようにと、準備体操をして股割り素振りをしていた私に、係員の先生が声を掛けてくださる。他支部の先生で、三段以下の審査の会場係で何度もご一緒させて頂くようになった方のお一人だ。「頑張れよ、せっかく来たんだから」と優しいので、「久しぶりの剣道で、なんだか嬉しくて、私、マスクの下でニヤニヤしてるの、わかっちゃいます?」と聞いてみた。「そうか、やはり稽古は出来なかったか。よし、ちょっと構えてごらん」と促されたので、私が竹刀を構えると、「竹刀は左手で握る、右手は柔らかく、構えたらしっかり声を出す、攻めたら先に打つ、それだけだからね」と小学生に指導するように、確認してくださる。周囲の剣士はブンブン竹刀を振ったり、ドーンと踏み込んだりしている。私だけが、初心者のように竹刀の握りと構えた姿勢を繰り返し確認していた。先生のおかげで、シンプルでポジティブに「それなら私、出来るはず」と口角が上がる。

応援に夢中

自分の番が来るまで上着を来て暖かくしていてよいとアナウンスがあったので、いつも稽古で羽織るジャンパーを来て、カイロで手を温めながら受審者の立ち会いを見ていた。感染防止対策で大会は無観客になったので、こうして格技場で緊張感のある剣道を見ていると、試合を応援しているような気になって見入ってしまった。連日、北京オリンピックをテレビ観戦していたから、「おお、今の鋭い面、素敵!」とか「お見事!誘い出してからの出小手だ!」と思わず拍手しそうになってしまった。カイロを握っていてよかった。

立ち会い

私の立ち会いの1人目は女性だ。同年代の同段位の女性と稽古をする機会がないので、蹲踞をして立ち上がって、「嬉しいなあ、女性剣士は少ないものね、頑張りましょうね、私たち!」と感動して鼓舞して、私は初太刀で面を打った。2人目の男性は、礼をして帯刀したときに、その佇まいから「この方、美しい、強い、オーラがある、合格されるに違いない」と感じた。これはもう私は何をしても敵うわけがないから、その美しさ、出来ることなら私もそうなりたいのです、と惚れ惚れしながら竹刀を合わせた。私の面は胴で抜かれたけれど、抜けて振り向いた私はザックリと斬られて気持ちがよかったし、次に私が打った小手は刃筋正しく姿勢も正しく、今までこんな風に出来たことはないわって、実際は私は面を打たれているくせに、刹那のやり取りに満足して相手を見つめたら、やめ、の合図が入った。「合格とか不合格とか気にしないから、もう少しやらせてくれえ、剣道最高!」と、心の中で絶叫をして、ちらりと立会人を見てしまった。

結果発表

さあ、また次、来よう、と荷物を片付けていたら、実技の合格発表の掲示が出された。記載された番号は少ないから諦めていたし、老眼でよく見えなかったから、念のためにのそのそと思い切り掲示に近づいたら、私の番号があった。急にじゃぶじゃぶ流れる涙をゴシゴシ拭いていたら、先程の強いオーラの男性が、「うん、うん、よかったですね、おめでとうございます」って微笑んでくださって、さすが侍、マスクで隠された微笑みも品が良くて美しかった。実技の後の剣道形は、歳上の女性の方と当たったので、これまた、「わあ、女性と剣道形って何年ぶりかしら。打太刀の私が本体、そちらが影、本体、いざ参ります。ひとーつ、ふたーつ、みっつ…」と桃太郎侍の数え唄風に剣道形1本目から密かにカウントして、醜い浮世の鬼退治を終えた。じゃなくて、10本の形を終えた。

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笑う門には福来たる

五段の昇段審査を私は2年前に2回不合格になっている。女性との立ち会いはいいけれど、男性と当たると、剣道が崩れてしまうね、慌てないで初太刀で有効打突を決めたいね、と審査を見守ってくださっていた先生から感想を頂いた。あの頃、今から2年前、世の中がこんなことになって剣道の稽古を自粛する日が来るなんて想像していなかった。毎週必ず稽古があって、試合や合同稽古や出稽古に参加できて、その有り難みに気づかずに私はピリピリ張り詰めて、眉間にシワを寄せて悲壮感を漂わせて審査を受けていたのだろう。今回の支部長先生に背中を押されて受けた審査で、明るく朗らかに無邪気に笑えば、無駄な力が抜けて柔らかな空気を纏えることを知った。これからは自分が望んだ場所に自分がいるという瞬間を、より愛おしんで暮らしていきたいと思う。関わってくださる方々に、身を置かせて頂いている環境に、私が私であることに感謝をこめて。

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