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【書評】平野啓一郎「本心」

静かに、しかし消えることのない確かな余韻を残す小説である。愛する人を亡くした経験のある人には、この物語があなたの心に寄り添ってくれるだろう。

亡くなった最愛の母親をアバターで再現するという近未来SFの形をとりながら、人の心の奥深さを描き出す。

とにかく、人の心の繊細な動きの描写が見事である。例えば、相手に寄せる淡い想いは「好き」という言葉で描いたとたんに陳腐に感じられてしまう。人の感情というのは波のようもので、それを型にはめて固定化しようとすると、すぐに形が崩れてしまう。本当に「好き」という感情は、「好き」という言葉では表せないのだ。そんな繊細で、とらえにくい人の感情の波を、筆者は言葉を尽くしながら丁寧に描き出さす。

人の複雑さ、揺れ動く心は、論文ではなく、小説でしか描ききることができないのではないか。

そういう意味で、この小説の本質をこのレビューで言葉にすることも憚られる。いや、レビューで語ること自体が無理なのではないかと思う。

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