三木解剖学への誘い(4)排出系

 消化管を吸収系に分類することにより、排出系は泌尿・生殖器に限定されることになります。口から肛門までは、吸収過程の食物が通過して最終的には排泄されるわけですが、栄養素という視点で見れば、終始、身体内部に栄養が取りこまれていると見ることが出来ます。これに対し、血液から濾し出された尿を出す泌尿器、内部で生成された生殖細胞を出す生殖器は、排泄することがその「本義」と言えるでしょう。こうした分類こそが、三木解剖学の白眉ともいえます。それでは排出系を見ていきましょう。

 消化管としての直腸からの排出に加え、尿の排泄器官である膀胱もまた、その直腸から発生したものとされます。また生殖器も発生学的に尿精管から発生します。つまり生殖器もまた排出系として考えることができるわけです。
 そしてこれらは全て総排泄口を起源としているものなので、すべて排出系としてまとめて扱うことができます。

 治療方法論として考えると、取り入れること(栄養吸収)をメインにする西洋医学系に対して、汗・吐・下といった出すこと(排出)を中心にした方法論は東洋医学系である、と三木は指摘しています。しかしこのあたりの事情は、個人的には東西の医療論というより近代における差異や、時代背景の影響が大きいように思います。

 腎臓の進化学的な役割としては大変大きく、上陸に伴う陸上の乾燥に対して、ナトリウム保持により水分保持を可能にしました。つまり、糸球体にて一度ろ過した水分を、尿細管で再吸収することにより水分と必要な成分の喪失を防ぎます。この過程は、ヘンレの係蹄において、尿細管外部のナトリウム濃度を高めることで、尿細管の外側を高浸透圧の状態とし、水を再吸収していることにより行います。
 そのため脱水に陥ることなく、生命の陸生が可能になったと考えられます。このことは、さらには非常に乾燥した砂漠地帯においても、人類が生存可能となったことを意味しており、進化におけるその重要性が分かります。
 加えて、腎臓は肺とともに、酸塩基平衡を司り、内部環境の酸性度を調整していることも重要で、この両者の関係は、呼吸器である肺が吸収系であり、腎臓が排出系であることを考えると分かり易くなります。つまり出入り口において(ときにその出入り口を逆転させて)酸塩基平衡という大きな内部環境を調整しているのです。

 あらためて、排出系としての生殖器を考えたとき、進化過程での体外受精から体内受精への移行は大きな変化でした。中枢神経は進化に伴って「頭進」するのに対して、精巣は下降する(逆行している)ことも進化の過程では特徴的です。
 出産にあたっては、ヒトは進化の過程で直立したことにより、体軸に対して縦に重力を受けるため、流産が多くなった、といわれます。しかし、その代わりに自由になった両腕によって、抱いて哺乳することが可能になりました。このために母子のつながりは、乳房を介して生まれ落ちてからも長く持続することになった、と三木は指摘しており、ヒトの独自性をそこに見ています。
 母子関係やこどもの成長に大きな関心を寄せる記載が多いのも、三木解剖学の大きな特徴です。

 吸収、循環、排出と植物性器官を概観し、この後は動物性器官へと移ります。受容系、伝達系、実施系という独自の分類による記載になりますが、その中心的なものとしてはやはり伝達系、いわゆる神経系です。大脳も当然そこに分類されるのですが、循環の中心である心臓同様、疾患形成において大きな役割をもちます。

 そして現在において、こうした血管・神経といったネットワークシステムにあらたに加わってくるのがファシアとなります。『アナトミートレイン』では3大ネットワークとしてこれら三つを挙げていますが、当然、三木の存命期間中には話題になっていなかったものですので、三木解剖学には記載がありません。ただ生前、鍼灸への強い興味を持っていた三木成夫だけに、現在のファシア関連情報を知れば、この大きな体系の中に取り込んだことは間違いないでしょう。
 動物性器官に関しては、こうした補足的な推測も交えて記載していきたいと思います。

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