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量子の重ね合わせ

「私は二つの窓の両方を一緒に通って室内に入ったのです」
これは、朝永振一郎のエッセイ『光子の裁判』での、被告である光子のセリフである。
被告(光子)の状態を説明するために、弁護人は「その状態が一つの無限次元複素空間内の原点から射出する一本のヴェクトルで示される」として、それをΨ(t)とした。さらに、被告が窓Aにいる状態をΨAとし、窓Bにいる状態をΨBとおいて、「Ψ=ΨA+ΨBなる状態においては、AにいるのでもなくBにいるのでもないが、A、Bの二つの状態に何らか関連のある一種特別の居り方をしているのである」と述べている。これは量子力学における重ね合わせの原理の説明である。ちなみにネタバレになるが、『光子の裁判』に登場する弁護人は実は物理学者のディラックである。
 
量子コンピュータでは、この重ね合わせの原理を使って、0と1が重ね合わさった状態の量子ビットを利用する。
量子でないコンピュータで使われるビット(古典ビット)も、0と1の2つを使って計算がなされるが、古典ビットが取れる値は、0または1のどちらしかない。一方、量子ビットは、量子力学の重ね合わせの原理に基づいているので、0と1のどちらも取り得る。古典ビットはどちらかの値しか取れないため、2つの値をとれる量子ビット1つに対して、古典ビットは2つ必要になる。
量子ビットが2つになると、00、01、10、11の4つの状態が作れるが、古典ビットでこれを実現するには、4つのビットが必要になる。
量子ビットが3つになるとどうだろうか。
000、001、010、100、011、101、110、111
の8つの状態を3つのビットで実現できるが、古典ビットは8つ必要になる。
量子ビット10個ではどうか。古典ビットは1024個が必要となり、量子ビットの100倍の数が必要となる。
つまり、量子ビットN個に対して、古典ビットは2のN乗個が必要になるのである。量子ビットが50個にもなれば、古典ビットは1兆の1000倍ものビット数にもなり、現在のスーパーコンピューター(富岳など)と同等のビット数を扱うことができるようになるのである。スパコンよりも、量子コンピュータの計算能力が高いことを量子超越(quantum supremacy)という。
2019年、Googleは量子コンピュータと世界最大のスーパーコンピュータを比較し、量子超越を実現した。Googleが使ったのは、53個の量子ビットである。量子コンピュータはスパコンよりも10億倍速いことを示したという。

量子コンピュータは、量子力学の重ね合わせの原理をたくみに活用する。ディラックの著書『量子力学』でも、その第1章は「重ね合わせの原理」になっており、「もっとも基本的でもっとも根源的なもののひとつは状態の重ね合わせの原理である」としている。

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