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○日本語教育・日本語教育学評論

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日本語教育と日本語教育学などで折々に感じたことを発信しています。
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2022年9月の記事一覧

日本語の習得と習得支援について丁寧に議論する① ─ 「学生たちは語彙や文型・文法事項を知っているが、話せない/使えない!」、「既習の言語知識が運用能力に結びついていない!」

 日本語の先生から、(a)「学生たちは語彙や文型・文法事項を知っているが、話せない/使えない!」、(b​)「既習の言語知識が運用能力に結びついていない!」、という課題の指摘をよく聞きます。この指摘は、概略はその通りだと思いますが、十分に丁寧な指摘ではないと思います。詳しく検討してみたいと思います。 □ 問題の所在 1.「学生たちは語彙や文型・文法事項を知っている」「既習の言語知識」 ─ 明示的知識の問題  ここに言う「語彙や文型・文法事項」というのは、客体的な言語事項のこと

言語教育をめぐるアフォリズム

言語教育をめぐるアフォリズム① 言語教育を考えるときに、個別言語(日本語)から考えをスタートしてはいけない。 言語から考えをスタートしてもいけない。 はるか遠く、言語活動からスタートしなければならない。 さらにその背景に、人間と人間の活動と現実を見据えなければならない。 しかし、言語、言葉を忘れてはならない。 なぜなら、わたしたちは言語教育という仕事をしているのだから。 言語教育をめぐるアフォリズム② 語や文型や文法事項などの有意味ユニティやその構成法を教えることはできる。