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辻邦生作品レビュー/短編小説

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辻邦生さんの小説作品のうち、短編のレビューをアップしていきます
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『十二の肖像画による十二の物語』肖像画からインスピレーションを受けて書かれた創作説話

発行年/1981年 『風の琴』は、もともと単行本として出版された、肖像画・風景画それぞれをモチーフとして書かれた12ずつの物語『十二の肖像画による十二の物語』『十二の風景画への十二の旅』を1冊にまとめた文庫本です。当初依頼があったのは名画鑑賞的なものだったのですが、そういうものなら別に自分が書かなくても専門の美術史家か誰かでいい、自分はあくまで小説家として、小説を書かせて欲しい、と、辻さんのほうから出版社にお願いをして書かれたのが、上記の24の物語だったのだそうです。 『

『叢林の果て』キューバ革命を下敷にした、ゲリラ軍の男性と少女の生き様のドラマ

発表年/1968年 1968年に、雑誌「文学界」に発表された短編『叢林の果て』。ストーリーは、1955年に革命軍のカストロ兄弟とチェ・ゲバラが、政治犯として亡命していたメキシコから、戦闘開始のためキューバへプレジャーボートで渡ったという歴史的事実が下敷になっています。 キューバは長らくアメリカの支配下にありましたが、クーデターで政権を奪取したフルヘンシオ・バティスタは、その後もアメリカの力を借りて独裁体制を築き上げようとしていました。そんな政府に対し革命の狼煙をあげたのがカ

『影』モータリゼーション直前の日本社会を見つめたミステリー

発表年/1962年 『影』は、大学卒業後、しばらく勤めていた自動車会社の宣伝部で見聞きした戦後社会の混乱を反映したもの、と、辻邦生さんは本作を収録した短編集『シャルトル幻想』の「あとがき」でおっしゃっています。 舞台はそうした自動車会社の車両を製造する一工場。日本のモータリゼーションが始まったのが東京オリンピックが開催された1964年だということを考えると、その直前、名神高速道路開通前にこの作品を発表したことは、当時としてはかなり勇気のいったことではなかったか、と、僕などはお

noterさんにぜひお贈りしたい二つの言葉   『ある生涯の七つの場所2』100の短編が 織り成す人生絵巻/夏の海の色 第三回

連作短編『ある生涯の七つの場所2/夏の海の色』第三回。これで『夏の海の色』は完結です。 上記は「黄いろい場所からの挿話」のラストで、アメリカへ留学する恋人エマニュエルとの別れを決めていた「私」が、考えを翻す場面です。 それは、やはり、いつかくるはずの、より完成された形までの、準備にすぎなかった。 お読みくださるみなさんにお贈りしたいのがまずこの言葉です。今自分がやっていることは、いつか手に入れるであろう成功や幸福の準備にすぎないのだ、そんなふうに考えてはいないでしょうか?

『ある生涯の七つの場所2』/夏の海の色 第二回 「海峡」 戦争とは、平和とは?

連作短編『ある生涯の七つの場所2/夏の海の色』第二回になります。第一回及び『ある生涯の七つの場所』については以下をご覧ください。 今回は、「黄いろい場所からの挿話」「赤い場所からの挿話」それぞれ三つずつの短編の中でも、特に「黄いろい場所からの挿話Ⅻ.海峡」について書きたいとおもいました。 今このときも、世界のあちらこちらで戦争が続いています。「海峡」は例によって直接戦争を扱った作品ではないけれど、読み終わったとき、今も続いている戦争について、どうしても考えないわけにはいきま

『ある生涯の七つの場所2』100の短編が織り成す人生絵巻/夏の海の色 第一回

連作短編『ある生涯の七つの場所2/夏の海の色』その第一回です。「黄いろい場所からの挿話Ⅷ・Ⅸ」「赤い場所からの挿話Ⅷ・Ⅸ」の紹介です。『ある生涯の七つの場所』についてはこちらをご覧ください。 1.「黄いろい場所からの挿話」「赤い場所からの挿話」についてここで一度、ここまでの、それぞれの物語の全体像についてお伝えしたいとおもいます。先に取り上げた『霧の聖マリ』が、二つの色の前半になります。『夏の海の色』と題される一連の短編は、その後半です。 ・「黄いろい場所からの挿話」につ

『ある生涯の七つの場所』100の短編が織り成す人生絵巻/霧の聖マリ第二回 黄いろい場所、赤い場所からの挿話4〜7

『ある生涯の七つの場所/霧の聖マリ』その第二回。「黄いろい場所からの挿話」「赤い場所からの挿話」それぞれⅣ〜Ⅶです。『ある生涯の七つの場所』の詳しい説明はこちらをご覧ください。 1.「黄いろい場所からの挿話Ⅳ〜Ⅶ」Ⅰ〜Ⅲのうち恋人のエマニュエルが登場するのはⅢのみですが、Ⅴ、Ⅵ、Ⅶは常にエマニュエルと一緒にいます。Ⅳはまだ「私」がエマニュエルと知り合う前の話です。 Ⅳ.「ロザリーという女」 「私」は大学生です。ロザリーというのは「私」が下宿していた、中庭のある建物の2階