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辻邦生作品レビュー/短編小説

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辻邦生さんの小説作品のうち、短編のレビューをアップしていきます
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#読書記録

『影』モータリゼーション直前の日本社会を見つめたミステリー

発表年/1962年 『影』は、大学卒業後、しばらく勤めていた自動車会社の宣伝部で見聞きした戦後社会の混乱を反映したもの、と、辻邦生さんは本作を収録した短編集『シャルトル幻想』の「あとがき」でおっしゃっています。 舞台はそうした自動車会社の車両を製造する一工場。日本のモータリゼーションが始まったのが東京オリンピックが開催された1964年だということを考えると、その直前、名神高速道路開通前にこの作品を発表したことは、当時としてはかなり勇気のいったことではなかったか、と、僕などはお

noterさんにぜひお贈りしたい二つの言葉   『ある生涯の七つの場所2』100の短編が 織り成す人生絵巻/夏の海の色 第三回

連作短編『ある生涯の七つの場所2/夏の海の色』第三回。これで『夏の海の色』は完結です。 上記は「黄いろい場所からの挿話」のラストで、アメリカへ留学する恋人エマニュエルとの別れを決めていた「私」が、考えを翻す場面です。 それは、やはり、いつかくるはずの、より完成された形までの、準備にすぎなかった。 お読みくださるみなさんにお贈りしたいのがまずこの言葉です。今自分がやっていることは、いつか手に入れるであろう成功や幸福の準備にすぎないのだ、そんなふうに考えてはいないでしょうか?

『北の岬』ある至高の愛の軌跡

発表年/1966年 日本人の「私」が2年の留学を終えてパリからの帰途、船内で日本へ向かうスイス国籍の修道女、マリ・テレーズと運命的な邂逅をするところからこの話は始まります。 マリ・テレーズの信仰する宗派は言葉の上での教義ではなく、自ら弱者のもとへ赴いてその人たちの日常へ入り込み、暮らしを共にすることで信仰の姿勢を明らかにするといった厳しいものでした。マリ・テレーズが日本へ行くのも、日本でのその仕事のためなのです。信仰以外のことではまだ子どもと言ってもいいようなあどけない姿を見