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見えているのにまぼろし

こんにちは、昨日今月22日〜29日まで北見市のアトリエ動物園で行っている演劇
「匂衣」を見てきました。


とってもよく見終わったあとしばらくアンケートの裏面までに長文感想を書きまくってしまい、後でファンアートを描きました。
この演劇のストーリーの主軸は「実体は見えているものだけでなく匂いや感触かもしれない、触れるとは何か」と言うことについて考えさせられるお話でした。

「私がもし目が見えたら表情が見たい」

このセリフは主人公が訳あって”犬”を演じることになる家の娘、「あやか」のセリフです。彼女は幼いときの病気により全盲となり、感触や音を頼りに生きています。そんな彼女がこれもまた訳あって彼女の部屋に入ることになった化粧品のセールスマンの「もし目が見えたら何が見たいですか?」と聞かれ答えたのがこのセリフです。
理由として「相手が楽しいのか、楽しくないのか顔に触れるだけではわからない、だから表情が見たい」と言っていました。
今まで目が見える人として生きてきた中でこのセリフは衝撃的でした。
実はこの日の午前にラストマンの二次創作漫画を描いていたんですよね。目の見えない皆実さんのポートレートを護道さんが描くお話で、護道さんが(皆実さんが目が見えないのに描いて意味あるのか?)と一瞬思うんですよね。
このセリフを聞いて自分が描いた漫画が脳裏に浮かびました。
声色だけで相手が嬉しいのか悲しいのかは分かりますがこの先にある表情までは分かりません。
だからこそ”表情”は存在していて幻のようなものだと思います。

「記憶の中には存在するけど記憶の外からはいなくなってしまうんだよ」

このセリフは終盤で主人公ベクの彼氏の浩一郎の最後のセリフです。記憶の中に彼の存在はあるけど目の前からは消えてしまう。
まさに存在しているのに”まぼろし”となります。
これは飼い犬を失ってまぼろしを信じていたいあやかと主人公ベクの共通点であり最後の印象的なシーンでもあります。

もしもう一回見るのなら

来週はちょっと実家に帰らなきゃいけないので最終公演は見れないのですが、もしもう一回見るのならアイマスクをして全編見たいです…
これって見るっていうんでしょうか?とにかく、あやかの視点に立ちなぜベク達が犬を演じているのを見抜いていたのか、表情を見たいと思った理由が知りたいなぁって思いました。
結構良作でした…!また北見で上演する際もまた見に行きます!



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