見出し画像

インスタグラム黎明期の極私的想い出 (1): 日本語担当者に選ばれるまで

Preface - why I'm writing this / 
はじめに: これを今書いている背景

2021年7月9日、NewPicks パブリッシングから以下の書籍が出版されました。ものすごく売れてるみたいですね。

これは、サラ・フライヤー (Sarah Frier) さんが2020年4月に出版した、以下の書籍の邦訳本です。こちらも彼の地で大ベストセラーみたいです。

インスタグラム (Instagram) という時代を代表するアプリ、KevinMike という時代の寵児。世界中で知らないものはいないアプリと企業と人物のリアルストーリーが濃密に語られた本です。

実は、わたしも本文中にチラっと(2段落程度)登場しています。わたしがささやかながらインスタグラムに関わったエピソードは、本来ならば読み応え満点の本書においてギリギリ脚注に載るか載らないかレベルの、余談的なサイドストーリーにすぎないのですが。

刊行される1年ほど前、インスタの中の人を通じて Sarah さんからコンタクトをいただき、2019年3月にオンラインインタビュー的なもので協力しました。懐かしい昔話だったので、たくさんの情報をSarah さんに提供しました。

その結果が、2段落程度にまとめられた箇所(邦訳版では第5章の「各国語版の翻訳問題」)となりました。あとは Sarah さんに「インスタ映え」ということばについて伝えたところとても興味深そうに興奮していたのですが、それがイントロダクションの一部に反映された程度です。

わたしが関わっている記載箇所に関して、本書に書かれていることは大筋では間違っていません。ただ、翻訳本の宿命で、微妙にニュアンスが異なってしまっているのも事実です。また、私にヒアリングした結果を Sarah さんが本としてまとめられた際に、割愛されたエピソードや抜け落ちたニュアンスがあるのもまた事実です。

そこで、今まであまり公開の場で話をしたり書いたりすることはありませんでしたが、記憶がはっきりしている間に(とはいってももう10年ちかく前の話ですが)、Kevin / Mike / Greg / Shayne / Josh / Bailey といった初期メンバーとやりとりした記録、そして Sarah さんに共有した Google ドキュメント、などを頼りに、懐かしの昔話を残しておこうと思った次第です。

特筆すべき内容は全く含まれていませんが(笑)、もし本記事を読まれた方のなかに、ひとりでも興味深いと思って面白がってくれる方がいましたら、光栄です。


Instagram, my first days / 
インスタグラムとの出会い

インスタグラムが iOS App Store に初めて公開されたのは2010年10月6日とのことですが、わたし自身が初めて存在を知ったのは10月中旬だったと記憶しています。おそらく、Twitter のタイムラインで、特徴的なスクエアの写真をどなたかがシェアされているのを目にしたんだと思います。

その後、2010年10月29日にアプリを手元の iPhone 4 にダウンロード、アカウントを作りました。

Instagram のユーザIDは英数字などで構成されたものですが、これとは別にアカウント作成順に振られるシリアル番号のようなものがあって、これで「世界で何番目に作られたアカウントか」が擬似的にわかるようになっています。

いまでもインスタを web ブラウザで開いて HTML ソースを覗くと author_id というパラメータとして見ることができて、わたしのは 188,573 でした。日本人ユーザとしては比較的アーリーアダプタということでしょうかね。

画像1

初投稿は2010年11月1日だった模様です。

なお、わたしの知人? 仕事仲間? のこもりさんはもっと早くて、author_id は 58,000 台、アカウントを作られて初投稿されたのが10月10日でした。当時は限りなく無名だったアプリが公開されてから4日後に初投稿、さすがですね。


The day I found the Kevin's post / 
ケヴィンのとある投稿を発見

わたし自身は写真撮影が特に趣味というわけでもなく、立派なカメラも持っていませんでしたが、インスタグラムのほのぼのした世界観はすぐに気に入りました。ライフログ的に投稿したり、他のユーザの素敵な投稿を見て勉強させてもらったり、コメント欄で世界中のユーザとコミュニケーションをとったりするのを楽しんでいました。

のちに、娘との日々という楽しい子育て日乗を載せるようになり、また子どもの目線からみた日本の文化あれこれ、的な投稿を主に行うようになりましたが。

ともあれ、この不思議なアプリの開発者がケヴィン・シストロム (Kevin Systrom) とマイク・クリーガー (Mike Krieger) という2人の若者であると知り、とりあえずフォローしておきました。

そんなある日、2010年11月19日に、Kevin によるこんな投稿がたまたま目にとまりました。Kevin による当該投稿はもう随分前に削除されており、また当時スクリーンショットも残しそびれたので、ここに載せたものは元投稿そのものではなく、わたしが記憶を頼りに再現したものです。

図1

投稿は、こんな感じの iPhone の「メモ (Notes)」アプリのスクリーンショットでした。当時の iOS の Notes アプリで使われていたフォントが懐かしいですね。

「Language ambassador」とカッコいい肩書きが奢られていますが、要するに、各国語版を作るにあたり「Instagram を翻訳してくれるボランティア」を募集します、という内容です。

わたしはもともと1990年代前半から Mac のフリーウェア / シェアウェアの文言・ドキュメントの翻訳や、ローカライズ開発をボランティアとしてやっていた他、Linux / オープンソースの世界に身を投じた2001年以降も、Linux ディストリビューションの開発を通じて、あらゆる開発ドキュメント / アプリ / ミドルウェアなどの日本語訳/英語訳を行うのが日常的だったので、このインスタグラムとかいうアプリもいっちょ手伝ってみるか、と思ったわけです。

で、Kevin の投稿を見た直後、このメールアドレスに即座にメールを送りました。当時のインスタグラムではもちろん米国のユーザが最も多かったのですが、なぜか日本のユーザも2番目に多かったので、少しでも早く連絡した方がよかろう、と。

Date: Fri, 19 Nov 2010 15:04:23 +0900
Message-ID: <k6y68petnc.wl%shaolin@rhythmaning.org>
From: "MATSUBAYASHI, 'Shaolin' Kohji" <shaolin@rhythmaning.org>
To: translate@instagr.am
Subject: Translate Instagram to my language Japanese
User-Agent: Wanderlust/2.15.6 (Almost Unreal) SEMI/1.14.6 (丸岡)
    FLIM/1.14.9 (五条) APEL/10.8 Emacs/23.2 (i686-pc-linux-gnu)
    MULE/6.0 (花散里)
Organization: Project Vine
MIME-Version: 1.0 (generated by SEMI 1.14.6 - "丸岡")
Content-Type: text/plain; charset=US-ASCII

Dear sirs,

Hi, I saw Kevin-san's post on Instagram, which says

 Volunteer to be a language ambassador
 Help translate the app to your language
 Interested? Let us know which language:
 translate@instagr.am

I'll gladly help translate the app to Japanese, my native
language. I know there are a huge number of Instagram fanatics
in my country.

I've been a core member of one of the famous Japanese
Linux distribution, Vine Linux, for over ten years, and I have
translated so many things in the past - desktop applications,
command line programs, and even technical books.

If there's anything I can help for you, just let me know.

Sincerely, Kohji Matsubayashi
Tokyo, Japan


Chosen as a Japanese language ambassador / 
日本語化担当者として選ばれる

そしてメールを送った18時間後、正確には2010年11月20日午前9時31分、に次のようなメールを受け取りました。

Date: Fri, 19 Nov 2010 16:31:12 -0800
Message-ID: <AANLkTinsEzqXD_dijCXjPkQhwqkwmUf9yiN0fU91Em9L@mail.gmail.com>
Subject: Instagram Language Ambassadors
From: Language Ambassadors <translate@instagr.am>
To: translate@instagr.am
Content-Type: text/plain; charset=ISO-8859-1

Hi there,

Congratulations on being chosen as a language ambassador for Instagram!
We're currently in the process of making sure it's easy for you to provide
translations. We'll let you know more details about how you can help when
we're ready to translate into your language. Let us know if you have any
questions in the meantime, and thanks for volunteering!

Best,
the Instagram team

どういう選定基準か分からないですし、もしかしたら日本語翻訳に応募したのはわたし1人だったのかもしれません。ともあれ、無事選ばれたと連絡がありました。

とはいっても、インスタグラム自体が、アプリ構成画面内にテキストがそんなにあるわけでもなく、ユーザの投稿における文言は翻訳するわけではないし、マニュアルやヘルプがてんこもりなわけでもなく(むしろ何もなかった)、実際に日本語化するったって大した作業量にはならないだろう、と思っていました。

ところでこのインスタグラムっていうアプリ、どういう仕組みで作られているんやろう。いわゆるネイティブアプリだと多言語化は .lproj 以下のファイルを介して行うんだよな。とはいえ、オープンソースのアプリじゃないから、アプリのソース全体共有じゃなくて、 .lproj 以下だけ置かれたリポジトリを介して作業するのかな。バージョン管理は cvs とか svn とか Mercurial とか、はたまた git (注1) とか、何を使うんやろうな。

(注1):
2010年当時は git も GitHub も存在していましたが、現在のようにバージョン管理システムとしてデファクトスタンダード的な不動の地位をまだ確立していなかったように記憶しています。知らんけど。

あー、けど投稿された写真や like 数、コメントといったデータは全てサーバ上にあるわけやし、ローカライズ文字列も全てサーバサイドにあったりするんかもな〜。いわゆる流行りの web アプリって奴やろうか。その場合はどういったファイルが作業用に共有されるんやろうなぁ〜。フレームワークは何を使ってるんやろうなぁ、やっぱ Django なんやろうか、興味津々。

そんなことを思いながら仕事をしていると、2時間後に再びメールが届きました。今度は Josh という人からでした。

その2へ続く

----

(便乗宣伝)

2021年7月7日に「シン・デジタル教育」という本を上梓しました。

本の中身については個人ブログ(主に音楽やオーディオ系)の方に書いています。

この本の特別付録として、インスタグラムの共同創業者 Mike Krieger 氏のインタビューが掲載されています(短いですが)。子どもと親とディジタルテクノロジーといった観点から、彼なりの考えを回答してもらいました。Mike、むっちゃ忙しいやろうに、ほんまありがとう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?