見出し画像

花火

後輩のさえちゃんはとてもいい子だ。
いつも人の話を、聞いていますよ、というのがわかる良い姿勢で聞いている。会うと、「最近は研究大変ですか?お疲れ様です」と声をかけてくれる。
優しい気遣いができる素敵な子だ。

先日、花火大会をした。
さえちゃんも私も、主催者メンバーの一人だった。

毎年恒例の砂浜まで、買い込んだ花火を持ってのんびりぞろぞろと歩いて行く。
花火の曲といえば、という話を一緒に歩いていた子たちがしていたのだけど、あまり音楽を聴かない私はミスチルの「HANABI」しかわからなくて、勉強になるなあと思いながら黙って聞いていた。

主催者のメンバーが何人かいないことに気づいたのは砂浜に着いてからだった。
そこにかかってきた電話。どうやら道に迷ったらしい。
困った。燃やした後の花火を入れるために準備していたバケツが一緒に迷子になってしまっている。

迷子組が到着するのを待つ時間がもどかしい。
他の参加者たちも手持ち無沙汰になってしまう。
先に到着しているメンバーは、どこに迷うところがあったのだと若干イライラし始めていた。
位置情報を送信し、できるだけ急いで、と伝えて先に大量の花火をほぐしておくことにした。
そのとき、
「その辺に流れ着いたバケツとかないですかね」
と言い出したのはさえちゃんだった。
少し空気が和んだ。
おもしろいことを言ってやろうと狙うわけではなく、なんとかして早く花火を始めようと一生懸命考えて、それを思いつくのがさえちゃんなのだ。みんな笑って、待っててもいいか、という気分になって、花火を1本1本にばらしたり、打ち上げ花火をよける作業を再開した。

作業続けていると、後ろからさえちゃんの「ありました!」という声がした。
見ると、にこにこと誇らしげに立っているさえちゃん。足元にはでっかい四角の箱みたいなもの。
「このバケツどうですか?」

砂浜に落ちてるバケツと聞いて、海水浴に来た子供が砂を詰めてひっくり返して山を作って遊ぶ小さいおもちゃサイズを思い浮かべていたし、まさか本当に探しているとは思わなかった。
さえちゃんが拾ってきたのは、釣り人が放置して行ったと思われる、バケツというよりはタンクと呼んだ方が良さそうなボロボロの容器だった。

よく見つけたねえ、とみんなで驚いて、さえちゃんを褒めた。
そしてその容器に水を入れて、やっと花火を始めた。
さえちゃんが見つけた容器は、やっと到着した迷子のバケツよりも大きな口を持っていたから、燃やし終わった花火を入れやすかった。

みんなが花火を始めてからも、さえちゃんは私と一緒に花火を開け続けていた。なんで花火ってこんなにセロハンテープでガチガチに貼り付けてあるの、と何回も文句を言って、その度にさえちゃんは、ほんとですよね、と返してくれた。

やっと全部開け終わったので、私たちも花火をしている輪に加わり、ぱちぱちと飛び出す光をたくさん砂浜に撒いた。

みんな一通り楽しんで、あんなにあった花火を全て咲かせ終わったころ、さえちゃんが吹き出す花火を地面に3つ並べて、順番に火をつけた。

しゅわ、と降る光は、とてもとても綺麗だった。

私は今年で大学院を卒業する。
この先花火をすることはもうないかもしれないけど、それでもいいな、と思った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?