金融再生委員会と保育園問題

金融危機への対応からREIT、保育施設への補助金制度の創設まで


向後 真徳

X(twitter)@KohgoMasanori






概  要


 金融再生委員会事務局で銀行の経営の健全化・資本増強を担当していた時の話です。

 2000年5月、大手銀行に対して、「木造家屋の密集地帯に防災拠点を作るため、地上げに協力するように」などと言ったところ、不動産業界が仰天して、REITが創設され、企業主導型保育施設に対する補助金制度が創設されました。

 私からのメッセージを受け、銀行や融資先から、もっと多くの人の力になって欲しいとの要望を受けました。そこで、阪神電鉄や大正製薬と勝手にコラボして(事後承諾あり)、国民の皆様の応援団を指揮すると申しました。

 なお、保育園の問題は、阪神電鉄及び阪神タイガース球団の現場の人も公立保育園から不利益を被っていたとのことです。

 この話は、銀行の営業担当者から融資先に回った他、トヨタ自動車の場合、財務担当者からは放置されたものの、お客さんからも販売店を通じて、労務担当役員らに回りました。これは、その頃、奥田碩経団連会長(トヨタ自動車会長)が片田哲也経団連副会長(コマツ会長、金融再生委員)を通じて、私が東海銀行に対して違法行為を強要しているかのごとく批判していたことを受けたものです。

「現場の人はこの人の話を聞いて喜んでいます。いくら東海銀行に騙されたとはいえ、現場のことをこんなに気にかけてくださる方に対して、事実と違うことを言って批判するのは酷いじゃないですか。それから、保育園の問題では現場の人も困っています。」

 このようなやり取りを通じて、経団連として、保育園問題を政府に働きかけることになりました。これが霞が関保育園やトヨタ自動車の工場内の託児所などが受領している補助金制度の裏話。

 誤爆の件については、トヨタ自動車では最も人間関係が近いということで、その後始末を押し付けられたのが創業家御曹司の豊田章夫氏(後に社長、会長)。ただ、当の私に対しては「突き落としちゃってごめんねー。あとは勝手に這い上がってきてねー。」とばかりに放置プレー。

時代背景

 97年以降の金融危機の際、金融再生委員会事務局で大手銀行の健全化・資本増強を担当しておりました。

 銀行の自己資本比率規制とは、元々は日本の大手金融機関を叩くための規制・国際基準です。

 自己資本比率とは、一般的には総資産分の自己資本ですが、銀行の場合はリスク資産分の自己資本です。総資産のうち、手元資金や日銀当座預金あるいは国債はリスク資産にはあたりません。つまり、自己資本比率を引き上げようと思えば、自己資本を増強する他に、リスク資産を減らせばいいということになります。言い換えれば、貸出金を減らして手元資金や日銀当座預金あるいは国債を増やすだけでも自己資本比率は引き上げられます。いわゆる貸し渋り・貸し剥がしです。

 日本の大手銀行の足を引っ張るための規制が、日本の事業者、特に中堅・中小企業の足を引っ張ることになっていたわけです。

 一部報道によれば、銀行の資本増強はあたかも銀行に対する補助金であるかのように語られておりましたが、これは全く違います。金融再生委員会による資本増強は、株式投資もしくは社債の引き受けです。その利益は1兆円を超え、8000億円だけ令和元年度の一般会計に繰り入れられています。

 むしろ中堅・中小企業とその従業員の暮らしを守るための政策であり、自民党から共産党までが与党でした。民主党に至っては、一連の金融制度改革では自らの提案を自民党に丸呑みさせたという自負もありました。99年の衆議院予算委員会では、本来ならば各閣僚が出席すべきところ、金融再生委員長だけは免除されました。共産党にしても、ゴネるどころか資本増強を後押ししていたくらいです。

 また、大蔵不祥事を受けて財金分離が行われました。そのような状況だったので、金融再生委員会事務局では、それまで銀行監督行政に関わってこなかった者を中心に編成されておりました。その結果として、銀行法令等を読むことなく、銀行を振り回す者もおりました。

メッセージ1(1)概要

 昔、金融再生委員会事務局で銀行の経営の健全化・資本増強を担当していた時の話です。

 三和銀行(三菱UFJ銀行)に対して、他行に伝達してもらったことがあります。その方向で検討するも無視するも各行の自由です。当方には、公的資金を入れていない東京三菱銀行を排除する理由はありません。それから、その内容を融資先に紹介することにも同意いたします。その内容は多岐にわたっていました。女性活用、融資審査、投資の効率化、システム投資、時間外手数料の無償化、不動産投資信託(REIT)、保育園問題などです。

 これは、銀行経営の健全化を図る上で、あまり手の回っていなかった分野での審査能力の向上を図ること、また、融資先との健全な関係が必要と考え、世間話のネタを提供したものです。

 公務員という立場上、特定の銀行にだけノウハウを提供するわけには参りません。

メッセージ1(2)女性活用

 消費者の過半数は女性です。女性が家族のために男性用の肌着を買うことがあっても、男性が女性用の肌着を買うことは滅多にありません。事業を行う上で、どこかで女性目線は必要なのだと思います。当然、融資の審査においても女性目線が必要なのだと思います。今、そのような視点が銀行にありますか。融資の審査においても女性の感性が必要になるはずです。そのような育成ができていますか。研修や人事考課その他のキャリアプランがどのようになっていますか、この機会に点検してください。

メッセージ1(3)システム投資・ATM時間外手数料の無償化

 システムの専門家は、人とコンピューターとの通訳に過ぎません。業務を丸投げしないでください。コンピューターというアシスタントにどのように働いてもらいたいのか説明してもらえれば、適宜、通訳してくれます。ただ、人とコンピューターの混在する組織において分業を推し進めた場合、従来とは違った業務分担が望ましい場合もあります。その場合には、業務そのものの見直しが必要になることもあります。

 銀行は装置産業化していますが、設備投資には、専用品を使うよりも、汎用品を組み合わせて作る方が安上がりです。財務会計に関わる部分であればCPUを使い続けることになると思いますが、意思決定をサポートするシミュレーションに関わる部分であればGPUを使うようになるのではないかと思います。

 また、ピークに合わせて投資をしなければいけないので、その平準化についても検討してください。例えば、給料日の昼休みにATMの利用が集中する傾向がありますが、時間外手数料を無償化することで利用が分散されます。儲け損ねる面もあるかもしれませんが、ホストコンピューターやサーバー、ATMの投資コストが減ることによって効率化が図れる可能性もあります。資産基準、給与振込、自行系クレジットカードの利用など一定の条件をつけても構いません。次のシステム更新までに検討してみてください。経費の削減においても、視点を変えてみる必要があります。

 ATMの前での並ばせ方、関西系の銀行は全国的に1列に並んでいただくところ、 関東系の銀行ではそれぞれの ATMに並んでいただく傾向があるようです。

メッセージ1(4)世間話

 また、銀行経営の健全化を図る上で、融資先との世間話のネタとして提供したものは、次の通りです。

 壁があるなら、わざわざ向こうに行かなくても良いのではないかと思います。でも、自分のところに相談に来る人は、どうしてもその向こうに行きたいと言います。そうなると考えることは3つ、どう乗り越えるか、どう迂回するか、どうぶち抜くか。その中で、手っ取り早い方法を選ぶことになります。

 銀行員であれ、融資先あるいはその協力会社の従業員であれ、皆さんは思っているよりも世間の役に立っているのではないか、あるいはその一歩手前に留まっているのではないか、程度問題はともかく、その両方があるのではないかと思います。そのような観点から、身の回りを点検するように。

 経済効率を考えれば分業せざるを得ないのですが、分業の結果、そのような理解ができない状況にあるのではないでしょうか。あるいは、世間の役に立っているという実感すら味わえない者が出てくるのではないでしょうか。役に立っていると思うからこそ給料を払っているわけですが、経営者には、それだけでは伝えきれていない部分があるのではないでしょうか。ただ、下手に話せば、なぜ今そのような話をするのかと、返って現場が浮足立って、あらぬ方向に話が進む恐れがあります。それが分かっているから、経営者といえども闇雲にそのような話ができません。真面目な経営者ほど困っているのではないでしょうか。金融再生委員会の公認会計士が、製造現場などを見てきた経験に基づいて、このようなことを言っていると紹介するだけでも意味があるのではないでしょうか。唐突感は和らぎます。必要ならコメントを添えれば良いだけです。

 人を評価する上で、野球には犠打があり、サッカーにはアシストがあります。ラグビー関係者にも言いたいことはあるようです。

 会社の代表者は、会社の顔だから重要です。しかし、企業の付加価値は、誰がどこで醸し出しているのでしょうか、代表者の取り巻きですか、それとも現場の頑張りですか、この機会に確認しておいて欲しい。

 不動産業界との関係でいえば、銀行は地上げに協力して欲しい。東京には木造家屋密集地帯があります。そこに防災拠点を作るには、1km四方の再開発が必要でしょう。その資金調達のため、法人化して、不動産の売買ではなく、証券の売買ができるようにした方がいいと思います。

(注)これに付随して、証券化スキーム(法人格、投資信託、市場取引)について解説しました。その上で、不動産業界との世間話のネタにしていただきました。ファイナンスの専門家として、私が世間にできることといえば、このようなスキームを紹介することくらいです。

(注)残念ながら、石原慎太郎東京都知事と銀行業界との間で対立が生じたため、東京都庁に対する入れ知恵は止まってしまいました。

 モノの価値の話として、例えば、育児中の専業主婦が商業施設で乳幼児を預け、そのテナントの飲食店で2時間ほど過ごしていたらどうなるでしょうか。最初の数回はボーっとしてるだけでしょう。そのうち、前向きに何かをしようとすることになるのではないでしょうか。この場合、飲食店の代金には何にどのような価値があるのでしょうか。その商品ですか。その時間と空間ですか、それともいつでもそのような時間が取れるという気持ちのゆとり・安心感ですか。核家族化の進んだ都市部においては、専業主婦であってもこのような機会が大きな助けとなるでしょう。ましてや共働きの家庭やシングルの家庭ではどうなるでしょうか。いずれにせよ、飲食店では目の前のことしか分かりません。しかし、思っているよりも他人様の役に立っているのではないでしょうか。このようなことは飲食店単独ではできません。が、大規模商業施設であれば、施設と店舗との連携プレーによって、このようなこともできてしまいます。

 保育園問題については、平日の日中に休みが取れる人(役所や銀行の休日・夜間に働いている人)には、公立の保育園では子供を預かってもらえない状況にあります。問題の本質は保育士不足にあり、保育士でなければできない仕事と、他の者でもできるものに選り分け、分業を促進すること、さらには交代で勤務できるようにすることが必要です。児童教室や医療機関との連携も必要です。そのような芸当ができるのは、大型商業施設を開発・賃貸している大手不動産会社くらいのものです。親が弁当を用意するのは大変なので、テナントの飲食店や食品スーパーの弁当コーナーと連携も必要です。アレルギーの問題は注意が必要ですが。

 ただ、コストのかかることなので、公立保育園には福祉予算がつぎ込まれているわけですから、それに見合うような補助金が出るような制度を作った方が良いのではないでしょうか。業務の分析については、公務員や社会福祉法人にはノウハウがないので、製造現場の知見を入れた方が良いと思います。

 これは、不動産業界だけの問題ではなく、鉄鋼、電力、運輸、化学、電機、自動車、マスメディア、医療など、交代勤務が状態化している多くの業界で、現場の従業員が不利益を被っている問題でもあります。公務員でも、自衛隊、警察、消防、医療、文化施設などが該当します。

 女性のキャリアの断絶は、当面の生活費の問題にもなりますが、将来的には高齢女性の貧困問題にもなります。早めに手を打った方がいいと思います。

 併せて、本件については、ご家庭でも職場でも、現に子育てに頑張っている人、又は今でこそ手は離れたものの、かつては頑張っていた人がいらっしゃる場合には、必ずその人の意見を求めてから次のステップに進むようにしてください。

 ショッピングセンターで買い物をしている父娘を見たことがあります。女性服売場では、父親は居心地悪そうにしていました。高校生ともなれば、お金を渡して自分で買いに行かせることができるでしょう。小学校高学年あるいは中学生の場合どうでしょうか。娘さんの体型も変わり始めたところです。男親で面倒見きれるでしょうか。途中から女性の店員さんがついておりました。男性はその場から通路に離れ、店員さんにお任せするといった態度でした。店員さんとしては、他の女性客の目もあることから、寄り添ったのだろうと思います。通路を挟んで紳士服売場という作りだったので、そのような光景を目撃いたしました。女性服と紳士服とが同じフロアで売られていたのでこのようなことができましたが、フロアが違っていたら、なかなかそうもいかないことかと思いました。いずれにせよ、パートのおばさんのファインプレーだったと思います。担当者が思っているよりも、他人様の役に立っているのではないでしょうか。このような父娘家庭にもご配慮いただけるとよろしいかと思います。

 素材産業はワケが分からない。製品の良し悪しを決める上で、素材の良し悪しが決定的な意味を持つこともあります。それに見合うだけの評価が世間からされているのでしょうか。汎用品が市況に振り回されるのは仕方がないとしても、プレミアム品のプレミアム差額や株価水準は適切でしょうか。同じような疑問を抱いている経営者がいらっしゃるようであれば、IRも含めた広報のあり方についても、この機会に検討してみてください。最終消費者は、その製品の製造者や購入場所は分かっても、その素材がどこで生産されているかは分かりません。知られていないものが世間から適切に評価される理由がありません。まずは、従業員が小学生の子供に説明できるようになるところから始めてみてください。IRについて言えば、単に説明の仕方を工夫するだけではなく、機関投資家やアナリストとの対話を通じて、行き違いの原因はどこにあるのか探り出す必要があります。取材に応じるだけではなく、取材してくるという姿勢も必要だということです。

メッセージ1に対する反応

 以上のことから、現場の従業員ほど喜んでいるとして、多くの融資先からお礼の言葉を頂戴したようです。

 育児問題については、

「自分の時にはなかったけど、子供が小さい時にはこのようなものがあった方が良かったと思う。アレルギー問題にしても何にしても、男の人にしては育児に詳しい方だと思う。」

「向後さんの発想では、後押しするような一言も立派に社会貢献になるらしい。」

「だったら尚のこと、私からも頼む。そういう仕組みを作って欲しい。男の人にしては詳しい方だと思う。」

「そうは思うけど、現に子育てを頑張っている人、または今でこそ手は離れたものの、かつては子育てを頑張っていたという人が身近にいるのであれば、必ずその方に意見を求めてくれと言われたので、今あなたに聞いたの。」

「ちょっと待った。あなた、私が子育てを頑張ってきたと思っているの。」

「えっ、違うの?」

「 いや、合っている。」

中には、両耳を掴まれて

「そういう大事なことは、ちゃんと目を見て話す!」

と怒られた人もいたらしい。

「ハイ、さようでございます。」

すぐに、お許しは出たとのこと。

 その後、ご家族のどなたかのご機嫌が良かったとの報告も受けております。

 ここでは割愛した部分も含め、銀行では、老若男女を問わず、

「ファイナンスを通じて、事業活動を応援するのがバンカーの仕事。ここまで言われて頑張れないのは、バンカーじゃない。と言うか、バンカーを志した初心に立ち返るということではないのか。」

 また、女性の間では、

「女性のキャリアパスについて、自分が考えたこともないようなことを考えてくれてる人がいるとわかっただけでも嬉しい。ここまで言われて頑張れないのは、女じゃない。」

 さらに、営業部門の若手からは、

「ウチもこういう実践的な研修をやってください。」

これを受けて中堅からも

「研修の講師をやれと言われてもここまで話せない。」

 私の世間話の方が実践的だったらしい。また、不動産融資に関連して、

「建物を造るという発想ではなくて、街を作るという発想なのか。」

 後日談として、銀行員も、世間話でお礼を言われたのは初めてだと驚いておりました。

 それとは別に、ATM時間外手数料の一部無償化については、統合作業が終了してから対応するとのこと。ただ、ノリのいい住友銀行に限っては、民間企業の給料日が集中する毎月25日と翌26日は、どなた様も時間外手数料を無料にするとのこと。また、関東系の銀行からは、ATM前の行列は、現場の要望に従って、1列に並んでいただくことになったとのこと。

 併せて、銀行からも一部融資先からも、もっと多くの人の力になるようなことをしてくださいとか、慶應義塾の評議員になってくださいといった要望が寄せられました。

メッセージ2

 この話を受けて、昭和60年代の話ですが、知人の叔父で音楽家の藤山一郎さん(1992年国民栄誉賞)がNHKの歌番組で阪神タイガースの歌(通称「六甲おろし」)を歌っていたことをご紹介いたしました。昭和の大衆歌をテーマにした番組だったのですが、他の方は歌謡曲を歌っているにも関わらず、一人だけ民間企業の応援歌を歌っているのには違和感を覚えました。ただ、金融再生委員会による経営健全化・資本増強は、銀行の資本増強にとどまることではなく、その融資先の事業を応援すること、あるいはそこに従事する人たちを応援することに意義があるものと思われます。そう考えると、今の立場では、選曲ミスとも言えないのかなと思いました。

 また、慶応義塾の評議員について言えば、麻生泰氏と貝沼由久氏とが後見役を押し付けられるのではないかと申しました。その時点で私の後見役を買って出ている人の一人が、日本医師会元会長の武見太郎さんのお付きの人で、その娘さんの嫁ぎ先である麻生泰氏が、奥様との力関係や話の面白さ次第では、後見役を押し付けられるのではないかと。貝沼氏の場合は、子会社の株式公開の際に、先輩会計士や証券会社系ファイナンス会社の紹介したコンサルタントのミスをフォローしたことにより、一定の評価を得ているので、従業員から要請があるのではないかということです。ちなみに、当該子会社の社長の奥様はモントリオール・オリンピック女子バレーボール金メダリストで、チームキャプテンでエースアタッカー。得意技は「超鋭角スパイク稲妻落とし」。その大会の射撃の日本代表は麻生太郎衆議院議員。麻生泰氏の兄です。

 慶應義塾の評議員選挙について言えば、選挙をするまでもなく選出される者25人、選挙により選ばれる者30人、この55人により選出される卒業生代表30人となります。多くの場合、先輩方からの勧誘を受けて、どなたかに投票することになりますが、私の最初の投票の場合は、上司である公認会計士から頼まれて、ある会社の社長に投票しました。その会社の製品にお世話になっていることから、快諾した覚えがあります。その後、その社長から定期的にお便りを頂戴するようになり、慶應義塾の強さの秘訣を感じた覚えがあります。

 ちなみにその製品は、リポビタンD。ただ、「ファイト・イッパーツ」は、3回続けないと現場は気合十分にはならない。

 その上で、このように呼びかけました。

「金融再生委員会の経営健全化・資本増強チームは、銀行の資本増強を通じて、その融資先や協力会社あるいはその従業員の皆様を応援するのが仕事です。皆さんが世の中の役に立っているということは、私の目には見えています。今は総力戦です。ともに頑張りましょう。」

 あの時点では、金融危機もほとんど落ち着いておりましたが。

メッセージ2を受けての反応

 当時、世間では、「向後さんのご不興を買うようであれば、社長や仲間から怒られるばかりか、オリンピックの金メダリストから稲妻落としを喰らうのか」、「吉田茂元首相のお孫さん(麻生太郎氏)に狙撃されるんじゃないか」、「阪神タイガースの応援団の皆様が押しかけてきたらどうするんだ」、「リポビタンDのノボリを持った人達が煽っている」という話に続いて、「いや待て、敵ではない、味方だ、応援団だ、みんな頑張ろう」などと言った小芝居に続いて、「(自分たちの会社名などの後)フレー、フレ、フレ、フレー」「ファイト・イッパーツ」✕3などと、盛り上がっていたらしい。ある工場では、初荷の出荷式よりも盛り上がっていたとのこと。

 それとは別に、労働組合の専従者より自分たちのことを気にかけてくれているなどといった意見も上がっていたようです。後日談として、組合員がこの話を組合専従者に伝達したところ、保育園問題については考えたこともなかったとのこと。聞いてしまった以上、言わなければいけないとばかりに、労務部門に申し入れに行ったところ、

「社長からはその方向で指示を受けています。でも、それ、1週間も前の話ですよ。」

「えーっ、早く言ってよー。」

と肩を落として去って行ったらしい。労務部門の人たちは、てっきり「フレー、フレ、フレ、フレー」をやりたくて来たのだと思い、全員が立ち上がって構えていたのに、肩透かしを食らったようなことになったらしい。

「あの人、今頃、何しに来たの?」

 全国的には、そのようなケースがいくつかあったとのこと。

 銀行では、ラグビー経験者が盛り上がっていたらしい。大口スポンサーも絡んでくるのかと。第一勧業銀行の後藤高志部長(後にみずほCB副頭取、西武HD社長、会長)もその一人。住友銀行では、

「大正製薬の上原明社長が慶應だとは知りませんでした。慶應の応援もされているのでしょうが、ラグビー界全体を応援するといった感じ。向後さんにも同じ系統の匂いを感じておりましたが、まさかここで繋がってくるとは。学生時代、慶應に試合で負けるような気はしなかった。負けた試しもない。応援席だけは負けていたかもしれないけど。何でこの人達が陸の王者なんだと。改めて言います、慶應は陸の王者だと思います。試合に勝つ負けるではない。大会が開けるかどうかですから。」

 これを受けて、運用部門の宿沢広朗統括部長(ラグビー界では元早稲田大学監督、元日本代表監督、後にコミッショナー)が

「ラグビー界には、自他共に認める「奇跡の大逆転劇、宿沢マジック」というのがあるが、向後マジックはそれを超えている。この人、オフロードにも強いと思う。向後さんが指揮する国民の皆様に対する大応援団の最前線は銀行団、頭取が旗振り役として、その最前列は銀行界のラグビー経験者を集めて自分が指揮します。」

「応援指導部情報も出回っています。大学の先輩でも応援指導部の先輩とその他の先輩では感じが違う。向後さんは応援指導部ではないものの、応援指導部の先輩と話してるような感じ。通信教育課程の出身者には、学士入学者であれば東大卒の方や海外留学経験者もいらっしゃるものの、高卒資格での入学者では粒が小さくなる。その中で10年も前に20代で期待の星と言われていた人が公認会計士の向後さんと東大の先生。弁護士さんもいらっしゃるものの、3番手ともなると東大の先生より格が落ちるらしい。評議員候補ともなると、向後さんくらい。98年の評議員選挙で豊田章男さんの2倍の得票のあった方に至っては、向後さんを愚痴っている。何で向後さんの代わりにそんな場違いな所へ行って席を温めてやらなきゃいけないんだ。」

「応援指導部OBと同じというのは分かる。自分も神宮で5000人の応援団を指揮してきたが質量ともに違う。応援指導部には古いビデオがある。大勢の先輩方の中で名前が出ているのは藤山一郎さんとミネベア創業家の高橋高見さんだけ。その2人の親戚とも繋がっているんだから、何か持っていると思う。」

「一般の塾員(卒業生)は、通信教育課程の人とは在学中も交流はないからわからない。でも、応援指導部とは繋がっているんですね。さすがは応援指導部だ。頼りになるなー。」

「慶應の応援はすごい。ウチの女子大学にもチアリーディングはあるけれども、応援するというよりは自分たちのパフォーマンスを見せる方。税制改革とか保育園の問題にしてもそうだけど、桁違い。」

銀行界

 この話に先立ち、銀行界では、私が東海銀行(UFJ銀行→三菱UFJ銀行)に対して違法行為を強要したかのような話がありました。

「あの人は勉強している人だから、違法行為になると気づかない可能性は低い。無理強いする人ではないから、強要というのは考えられない。話を聞いてくれる人だから、ちゃんと話さない方が悪い。」

「ウチは真逆のことを聞いている。」

「ウチも真逆のことを聞いている。何かの間違いじゃないの。」

「実は当日は同席していないものの、その3日前には、直接、向後さんにお会いして真逆のこと、つまり他行さんと同じことを伺っていました。3日間で話が変わったんだと思っていました。報告書が間違っていたんですね。」

 そのようなやり取りの通報を受け、判明しました。金融再生委員の片田哲也コマツ会長から「向後とかいう人が東海銀行に違法行為を強要している」との話が金融再生委員会事務局長にありました。全く身に覚えのない話でした。経団連の副会長にそのような話をできるのは経団連会長の奥田碩トヨタ自動車会長くらいでしょう。奥田会長にそのような話ができるのは小笠原日出男頭取くらいです。営業担当者が伝達する場合、営業企画部で待ったがかかるはずです。企画部員が真逆の報告書を作成し、同席者もノーチェックで頭取に報告した模様。それが奥田会長、片田委員、事務局長に回ったというのがその真相。実名で他の取引銀行に確認してもらえれば、間違いは是正されていたはずです。ただし、匿名で問い合わせがあった場合、間違いが増幅された可能性はありました。「法律を読んでもわからないから読まない。でも自分が正しいんだ。」と言い張る困った人がいたことは事実ですし、それを助長していたのが大蔵省採用者だったことも事実なら、それに振り回された銀行があったことも事実です。

「話を聞いてくれる人に対して、事実と異なることを言って批判するとは何事だ。あの人に万一のことがあったら、迷惑するのはこっちだぞ。」

 とはいえ、大手上位行は東海銀行を相手にする気はないので、代わりに統合相手の三和銀行が怒られていたようです。

 銀行界では「同じ会計士でもこうも違うのか。しかも大学まで同じ。」という声が上がっておりました。金融監督庁の銀行監督一課でも「向後さんは法令を読んでモノを言ってくれるからいいんだけれども、他の人は読んでくれないから困る。向後さんは読んでわからなければ頭を下げて聞きに来る人だから、読んでいるのもわかれば、話のしようもある。他の人、特に、断定的に言っちゃう人はどうしようもない。」という声が上がっていました。本来ならば、大蔵省採用者が調整すべきところ、むしろこじらせる側に回っていたという実情があります。その裏には、大蔵不祥事を受けて金融監督庁が分離されたこともあり、金融再生委員会事務局では、大蔵省採用者も含め、銀行監督行政に関わってこなかった者だけで編成されていたという事情があります。そこで私のような公認会計士や日銀などからのスタッフでサポートをしていたわけです。トカゲの尻尾という意味もあったかもしれませんが。ただ、これは専門知識というよりは大学の一般教養レベルの話です。大蔵省採用者は東京大学や早稲田大学の法学部を出ているわけですから、銀行監督一課などとの調整くらいできても良さそうなものです。アホウ学部だったのかもしれませんが。

 ただでさえこのような状況だった上、経団連の奥田会長や片田副会長からこのようなことをされたわけです。むしろ、彼らは国民経済の足を引っ張る人、非国民だったのではないかと。

 なお、小笠原日出男頭取は、数年後、ゆうちょ銀行の社長のオファーを受け、舞い上がっていたようですが、三菱サイドから一喝され、辞退したとのこと。

 また、銀行や融資先への一連の話を受け、銀行界では

「向後さんは成田長親・のぼう様みたいなところがある。あのキャラクターに対抗できるのは、現代では志村のバカ殿くらい。」

「それは悪いよ。」

「それは言い過ぎ。」

「そうだけど、一見、そんな感じじゃないですか。」

「そういう面もあるけど。」

(注) 豊臣秀吉の小田原攻めの際、裏取引は成立していたものの、唯一、落ちなかった支城が忍(おし)城(埼玉県行田市)。城主が小田原参陣中、城代が急逝。その臨時代理が成田長親。でくのぼうと言えば当たり障りがあるので、のぼう様と呼ばれていた。石田三成の水攻めに際し、のぼう様を慕う民衆が夜な夜な石田堤を外側から破壊したらしい。人徳はあったものと思われる。

「でも、それに騙されちゃいけない。分かっていないようで、基本的なことを指摘して全部ひっくり返す。それで、もう少し勉強してくださいねとなる。」

「控えめに言っても、ウチに会計監査に来る会計士と比べたら、税法でも情報システムでもトップクラスと同等、おそらくそれ以上。税制改革でもご尽力いただいて、100億円をはるかに上回る節税ができている。」

「全部合わせれば200億円を超えている。」

(注) 1000億円に達する話はその半年後。その結果、UFJ銀行の統合が前倒しになった。それまでの企業再編税制に無理があったという話。

「向後さんは誰に向かって話しているのかわからない時がある。顔はこちら銀行員に向かっているんだけど、話の内容は横に並んでいるお役人に説明しているというかブレーキをかけている時がある。」

「分かっていないようで分かっているのが向後さん。知ったかぶりをしているのが日銀さん。分からないことは反射的に否定しちゃうみたいだ。分からなければ黙っていればいいのに。善意的に解釈するから。あそこまでされると、知識の無さより、人柄の悪さが鼻につく。ウチの営業企画担当も会計士さんだとは知っていたものの、銀行の監査をしたことがないと聞いて驚いていた。ウチに来ている会計士よりもよっぽど突っ込んだ話をしている。勉強になるから、もっと話したいと思うらしい。」

「ウチでも、ご説明に行ったのに勉強になっちゃったと言っている人がいる。」

「ウチでは、向後さんの悪口を言ったなどと誤報が流れただけで、営業の人からどんな目に遭わされるかわからない。」

「ウチではシンパ代表が頭取だ。」

「ウチもだ。」

「防災拠点を作るために道路の付け替えを含めた再開発とか、保育園問題とか、貧困問題とか、環境問題とか、幅の広い人みたいだから、政治家になってもらった方がいいんじゃないか。保育園問題を持ち出されると労働組合に近いところは対抗馬ではまとまらない。国会議員よりも、与野党相乗りが常態化している首長の方がいいんじゃないか。東京都知事が良い。後藤新平の再来とか。」

「渋沢栄一だって、ウチの設立に関わっている他、関東大震災の時には後藤新平に協力しています。」

「本人は、どこかの経営再建をやることになるんじゃないかと言っているようです。あくまでも最終候補に残れるように自分を磨くという意味で、後は巡り合わせ次第。銀行に何か譲歩してくれということではないとのことだ。」

「年齢的には先の話だけど、現時点でも、ロングリストには入れておいてもいいと思う。」

「ウチはショートリストでもいいと思う。」

「伺っている限り、皆さんと比べてどうだか分かりませんが、私よりもファイナンスの知識がお有りなのではないでしょうか。今回は東京三菱銀行が一番ご配慮いただいたようです。先々の話ですが、特定の銀行に所属するというのではなく、銀行協会として契約をしてご指導いただくのはいかがでしょうか。共同メイン先で経営危機があった場合には、それこそ実地指導ということで。」

「あの人一人ぐらいだったら、ウチでなんとかします。他行さんはご心配に及びません。」

「ウチの案件にも関わってもらわなければ困る。」

「そんなこと言うわけないだろう。そんなことを言ってお叱りを受けるのはこっちだ。あの人のお人柄を考えろ。」

「それもそうですね。それならウチの方でも話しておきます。」

「そういえば、芙蓉グループの監査もしていたとか言っていたなあ。」

「まあ、そう言わずに。ウチも三菱地所の福澤社友のお知り合いのお知り合いということは確認してあります。」

 日本興業銀行と東京三菱銀行とが綱引きを始めたため、さくら銀行も住友銀行も「他行専属だけは絶対阻止しろ」とのことで頭取自らが工作に乗り出したとのこと。

不動産業界

 「地上げに協力するように」と聞いた不動産業界は仰天したようです。実際のところは、業界でも密かにREITの研究会を立ち上げて検討はしていたようですが、大手不動産会社の役員にはほとんど知られておらず、トップの重大関心事項として、「早くしろ」との声が出たようです。大手各社の社長が臨席する不動産流通協会の理事懇談会でも、保育園問題は経団連として対応するとして、証券化問題については早めに対応するということで合意したと聞いています。また、研究会の報告書は、検討対象となっていなかった部分を含めるため、会合を1回追加して取りまとめられたとのこと。

 理事懇談会では、三菱地所の福澤武社長や三井不動産の岩沙弘道社長(いずれも後に慶應義塾評議員会議長)らの前で、次のような発言が。

「出身大学の日吉駅前にあるキャンパスの土地は、大半が東急グループからの頂き物である。ここに感謝の意を表するとともに、そこで培われたものを社会に生かさなければいけないと考えている。ウチはこの一言だけで満足です。その上、銀行に向かって地上げに協力しろと言って、このようなファイナンス・スキームを教えていただいて、ウチは大満足です。」

「自分は野村證券採用だが、ずっと不動産畑。証券外務員の資格は持っていますけど。産油国が日本で運用している資金の監査の一環で金庫室に行ったことがあるとのことですが、一般社員は近づけません。この人、証券の分野ではプロ中のプロなんじゃないの。」

「地上げに協力しろと言っている御上に逆らったってロクなことにならない。揉み手で賛成するという言葉は聞いたことがないが、よく見たらやっていた。」

 三菱地所の役員懇談会では、話の途中で、福澤武社長がやけを起こして、「一発でも三発でもいいよ、やらなきゃ気持ちが収まらないだろう」と言って全員を立たせたそうです。最後に締めで「三菱地所フレー、フレ、フレ、フレー」「ファイト・イッパーツ」✕3もしたらしい。その場に居合わせた秘書さんに至っては、周りの者が化粧崩れを心配する事態に陥ったそうです。

 この話をそれぞれの職場で紹介した時、

「商業施設の清掃員は、夜間清掃員は別としても、ディズニーランドに見学に行くべきだとか言っている。」

男性社員が嘲笑う中、女性社員から、

「分かる。商業施設であれば、お客さんの前で清掃すべき場面もある。その時、雰囲気を乱してはいけない。そこで、清掃員がパフォーマンスを見せる。というより、向後さんの言う通り、芸人さんが清掃員をしたらどうなるかという感じ。コレ、何でもない世間話でしょ。警備員さんの件にしてもそうだけど、清掃員さんにまで気にかけてくれている。今まで警備員さんや清掃員さんにどう接していいかわからなかったけど、これからは挨拶ぐらいはしようと思う。同じところで働いてるんだから。」

「コレ、笑いを取るための暴言ではないの?」

 自宅で奥さんにも同じ話をしたところ、奥さんからも同じようなことを言われたらしい。その上、娘さんからは「サイテー」と言われ、その後、口を聞いてもらえなかったらしい。後日、財務担当に報告したところ、

「他の部署からもそのように聞いています。うちの部署でもそうですが、女性の間では常識みたいです。確か向後さんも、どこかで女性の目を入れた方が良いと言っていたかと。」

「 アレ、真面目な話だったんですね。」

「みたいですね。福澤社友のお知り合いのお知り合いだそうです。」

 それとは別に、三菱地所、東京三菱銀行、三菱重工業、三菱電機、三菱商事などの間では、阪神タイガースの応援団の皆様が東京丸の内(通称「三菱村」)に押しかけてきて、それを陸上自衛隊の機動戦闘車(三菱重工業製)が先導した場合を想定して対応策が検討されたらしい。

「ウチの製品で丸の内を蹂躙しないで欲しい。」

「ウチの製品で丸の内に照準を合わせないで欲しい。」

「資源国の国家基金が日本で資金を運用していて、その監査をしていたとのことですが、国際問題は起こさないで欲しい。」

「ウチは阪神タイガースの応援団の皆様が押しかけてきたらどうしようかと言っているのに、国際問題にもなるのですか。」

 その後、慶應義塾の評議員をされていた社友の福澤さんを中心に、三菱グループとしての工作が始まったようです。

 その点、余裕だったのが三井不動産。傘下に東京ディズニーリゾートの運営会社があります。ただ、岩沙弘道社長は「まだ東電さんに対して、あの話をしていないのですか」と突き上げを受けたらしい。私が元東京電力副社長の参議院議員と知り合いということで、東京電力の社長を通じて、他行専属だけは阻止しようという話です。

「銀行の頭取はいないし、自分の口から切り出す話でもないでしょ。何でこんな目に遭わなければいけないんだ。」

と、泣き言を言っていたらしい。偉くなったらなったで大変みたい。ちなみに、さくら銀行の岡田明重頭取が部下からこの話を聞いたのは6月の二木会(三井グループの会長・社長会)の直後、7月の例会は本人の都合により欠席、8月は例会自体がなく、9月の例会にてようやく披露とのこと。

 二木会では、岡田頭取からの「阪神電鉄、阪神タイガースも三井グループです」との殺し文句を受け、

「万一、阪神タイガースの応援団の皆様からお叱りを受けるようなことがあれば、ここにいる皆で一列に並んで甲子園球場のスタンドの皆様にお詫びをしなければいけない。その上で、三井グループを引き続きよろしくと申し上げなければいけない。」

「やるとすればファン感謝デー。司会進行役は球団社長ということで。」

そのような話を各社に持ち帰って紹介したところ、

「その際は自分もお供いたします。後ろの列で結構です。」と言い出した役員が続出したとのこと。それとは別に、私からのメッセージをサプライチェーンも含めて伝達したところ、「心なしか、1週間経っても皆いい顔をしている。聞いている範囲ではサプライチェーンも含めて現場の人が喜んでいる。」とのこと。

阪神電鉄

 阪神タイガースの歌については、阪神電鉄の財務担当者様より「じゃんじゃん使って下さい。皆さんの力になれるなら本望です。」との温かくも力強いご支援のお言葉を頂戴しております。その上で、

「保育園の問題は女房に任せきりだったから不安になってきた。これ、ウチの現場の人が不利益を被っているという話じゃないですか。百貨店も球団もグループ全部、現場の人が不利益を被っているという話じゃないですか。どうしよう。」

「大手銀行と直接取引のあるところであれば、グループ各社も他の百貨店さんも鉄道会社さんも、それぞれ話が回っていると思います。ただ、御社の社長がご存知ないとなると当たり障りがあるので、そこだけ間違いないようにお願いします。」

大正製薬

「良い薬を作ってお届けするのが当社の仕事だと思っていました。でも、向後さんの発想では、良い薬を作ってお届けすることを通じて、患者さんご本人の他、ご家族ご友人を笑顔にするのが当社の仕事らしい。」

「この人、タマの出し方も上手いんじゃないか。世間話を右から左に回しただけで、 ここだけでもこれだけの笑顔を作っているんだから。」

「確かにファイト・イッパーツは3回続けた方が気合が入る」

との証言も頂戴しております。

麻生家

 後見役の件で麻生泰氏が兄の太郎氏に相談した際、まず私の知人である加納時男参議院議員(元東京電力副社長、藤山一郎氏の甥、後に安倍晋三内閣で国土交通副大臣)について聞いたところ、「選挙応援受けている」と言われ、卒倒したらしい。続いて、

「もう一人後見役を押し付けられそうなのがミネベアの貝沼さん。」

「 知らねえよ、付き合いないし。」

「 担当していた子会社の社長の奥さんがモントリオールオリンピックの女子バレーボール金メダリストで、チームキャプテンでエースアタッカー、 得意技は超鋭角スパイク稲妻落とし。」

「 こえーなー。」

「 その大会の射撃の日本代表が麻生太郎衆議院議員とか言っているようだけど、コレ、兄さんのことだろ。」

「 身に覚えはある。」

その他、

「有名税ってことはあるけれども、いいんじゃないのー」とか、

「金融再生委員会が日本株式会社とか国民の皆様の応援指導部であるという話は聞いたことがない。が、話としては分かる。国民を応援するというのは、政治の世界では一丁目一番地。与党も野党もないと思う。共産党はわかんねえけど。」

「家の方では人間関係が近いみたいだし、事業の方では考え方も近いみたいだし、政治の方では考え方も人間関係も近いみたいだ。」

「その人の別の知り合いからも選挙応援受けているから、自分からも頼む。」

などと言われたらしい。

「この話、全国で500万人以上の人が聞いている」と聞いて、驚いておられたそうですが、「銀行界では1000万人に行くか行かないかという話をしているところであり、まさか500万人を下回ることはないだろうという意味での500万人以上だ」と聞いて、絶句しておられたそうです。最終的には、「今、忙しいんだよ、怒ってるんじゃないの、忙しいの。じゃあ切るよ」と電話を切られ、弟さんはちょっぴり寂しい思いをしたらしい。お客さんを待たせて長々と話すような話でもないと思います。それでも「麻生グループ、フレー、フレ、フレ、フレー」と「飯塚の皆さーん、フレー、フレ、フレ、フレー」に続いて「ファイト・イッパーツ」は一緒にやってくれたと喜んでいたようです。そういうご兄弟らしい、あの二人は。

 ちなみに、ご夫人からは「実家の武見家も嫁ぎ先の麻生家も巻き込んで欲しくはないのだけれど、面白い話であれば、迷惑にならない限りOK」とのこと。

 九州経済連では、麻生泰氏のところに、多くの方からお声掛けがあったようです。

「麻生さん、麻生さーん。」

ものすごい勢いで近づいてくる集団。親ほどの歳の方に一歩足りとも余計に歩かせてはいけないと小走りでお迎えに行って、

「何でございましょう。」

それまで恐れ多くて世間話もできなかったような方々から、

「麻生太郎・泰ご兄弟が吉田茂元首相のお孫さんだということは、金融再生委員会の公認会計士の向後さんの話を銀行から聞いて初めて知りました。向後さんの話を聞いて、会社の従業員、特に現場の従業員が喜んでいます。聞いている範囲では、協力会社の従業員も喜んでいるようです。お礼を言っておいてください。保育園の問題では、それまで考えたこともなかったことで、心配になって人事(労務)部に聞いてみたところ、そちらでも考えたことがなかったと。ウチの人事(労務)部はヒトゴト部か。虫ケラごととか言われちゃっているところもあるみたいですけど。話が広まるにつれ、現場の声が聞こえてきました。特に現場の人間が困っています。全国的な問題のはずなので、良い機会なので、この問題は財界として対応しましょう。それから、向後さんの後見役の件、奥様との力関係は分かりませんが(我が家の例からお察しいたしますが)、私たちからもお願いしてよろしいでしょうか。私たちというのは、私もそうですが、従業員からもお願いされています。」

と言われたそうです。何度も言われているうちに、数人の方には

「またその話ですか。」

相手の方も笑いながら、

「ハイ、またその話です。」

どちら様も、保育園の問題では困っていたらしい。

トヨタ自動車

 多くの会社では、財務担当から経営者に話が回っていたのですが、残念ながら財務担当止まりの会社もありました。その一つがトヨタ自動車。

 ただ、この話は大手銀行が融資先で話しております。この話を聞いた融資先の従業員の中にはトヨタ自動車のユーザーさんもいらしたわけです。そのユーザーさんから販売店にこの話が回りました。その話が販売会社の本社を通じて、トヨタ自動車本体に回り、奥田碩トヨタ自動車会長・経団連会長を突き動かしました。その結果として、経団連の政府に対する最重点項目の1つとして、この保育園に対する助成金制度の創設ということが掲げられました。

 販売店では、お客さんから一通り話があり、その上で

「トヨタさんも大変ですよね。ウチの人事(労務)部はヒトゴトだけど、トヨタさんは虫ケラ扱いなんですよね。」

担当者は情けない思いをしながら対応したそうです。その後、販売店のミーティングでその話を紹介し、保育園の問題は気になったので、各自、自宅に持ち帰って身近な人に相談したらしい。幹部は「当時は大変だった。今、困っている人がいるなら、力になってあげて欲しい」と後押しされ、中堅は「今、まさに困っている」と言われ、若手は母親から「いずれそうなる」と警告を受けたそうです。会社のイメージも悪いし、保育園の問題でも困っているので、その旨、販売会社の本社に連絡しました。販売会社の本社でも、各店舗に問い合わせるとともに、社員が一旦持ち帰り家族に相談したところ、同様の話がありました。販売店の中には

「自分もお客さんから言われました。テキトーに話を合わせておきました。」

「早く言え。」

 報告を受けたトヨタ自動車の販売店担当の課長は一旦保留。後日、同様の報告が立て続けに入り、これを受けて財務担当に抗議。その後、保育園の問題については気になったので、労務担当課長に相談。労務担当課長は

「自分の業務として考えたこともなかった。我が家の問題についても、女房に任せきりだった。どうしよう。でも、この話は、上に持って行く前に製造担当の話を聞いた方が良いのではないか。」

ということで、2人で製造担当課長に相談。製造担当課長は話を聞いて、怒り出したそうです。

「こんなふうに言われたら現場で頑張っている皆が喜ぶに決まってるじゃないか。何で早く話を回さないんだ、財務は。でも保育園の問題は女房に任せきりだった。どうしよう。」

「とりあえず製造現場の意見を聞きましょう。」

ということで、各事業所に配布するメモ作りのため、3人で財務担当へ。後日、いくつかの事業所から回答を得た段階で上席者に報告。その後、労務担当の役員を先頭に、両脇を製造担当役員と販売担当役員が固め、その後ろに各部長・課長が付いて行くという体制で奥田会長と対峙。

「現場の人はこの人の話を聞いて喜んでいます。それから、いくら東海銀行に騙されたとはいえ、現場のことをこんなに気にかけてくださる方に対して、事実と違うことを言って批判するのは酷いじゃないですか。当社は現場の人を虫ケラ扱いしているみたいに言われております。ウチ、イメージ、悪いですよ。その上、東海銀行が銀行界の敵で、奥田会長は国民の敵、非国民かもしれないとか。奥田会長の保育園問題に対する対応を見て、その辺を見極めるとか言っているみたいです。それから、保育園の問題では現場の人も困っています。」

「保育園の問題では現場の社員も困っているのね。」

「協力会社の人も困っています。」

「現場では社員も協力会社の人も困っているのね。」

「販売店の社員も困っています。」

「製造の現場では社員も協力会社の人も困っていて、販売店では社員が困っているのね。」

「お客さんも困っています。」

「製造現場では社員も協力会社の人も困っていて、販売店では社員もお客さんも困っているのね。それじゃあ、経団連の政府に対する要望事項として取り上げないわけにはいかないよね。」

「阪神タイガースの応援団にも・・・」

「いらっしゃるはずですよね。どうしますか。」

 奥田会長は頭を抱えたらしい。


 以上のようなやり取りを経て、経団連の政府に対する要望事項(会長素案)の最重点項目として保育園問題が取り上げられることになったとのこと。


 それにしても、恐るべし、阪神タイガースの応援団。


 なお、トヨタ自動車の工場では託児所の運営をして、協力会社の従業員のお子さんもお預かりしているとのことですが、この時の補助金が使われております。



経団連の正副会長会議

 奥田碩会長から政府に対する要望事項の会長素案を提示。副会長の1人からのご発言。

「保育園問題に関連して、金融再生委員会の向後さんの話を銀行から聞いています。ウチでは、特に現場の人がこの話を聞いて喜んでいます。聞いている範囲では、サプライチェーンも含めて現場の人が喜んでいるみたいです。それから、いくら東海銀行に騙されたとはいえ、現場のことをこんなに気にかけてくださる方に対して、事実と違うことを言って批判するのは酷いじゃないですか。コレ、社員からもサプライチェーンからも言ってくれと言われて来ているんです。本当に無茶苦茶なことを言っている人もいるみたいですけど。トヨタさんは現場の人を虫ケラ扱いしているみたいに言われております。他行に確認して貰えれば分かるはず。ゴキブリホイホイだってこうは行かないとか言ってるみたいです。」

「 ゴキブリ以下か。」

(注)この表現はトヨタ自動車内では忌避されていた模様。本人は相当ショックだったらしい。

「その上、東海銀行が銀行界の敵で、奥田会長は国民の敵、非国民かもしれない。奥田会長の保育園問題に対する対応を見て、その辺を見極めるとか言っているみたいです。それから、保育園の問題では現場の人も困っています。業界団体でも酷いという話と保育園の話を言ってくれと言われています。聞いている範囲では、各社ともサプライチェーンも含めて困っているみたいです。」

過半数の副会長が笑いをこらえながら頷いていたらしい。

「一応、皆の話も聞こう。」

一通り話を聞いて

「そんなに広まっちゃっているの。」

奥田会長は、頭を抱えていたらしい。もっとも、何よりも出席者を驚かせたことは、聞いていない人がいたということです。

「真面目な経営者なら・・・という話もありましたよね。」

「私は社員から真面目な経営者だと思われていないのですか。悔しいです。」

「業界団体でも、話題になりませんでしたか。」

「否。私が切り出さなかったから、他社さんも私を慮って口にしなかったということですか。」

何人かの副会長が沈んでいったそうです。その後、数人の副会長と奥田会長とが、どのように傷を舐め合ったか、詳しくは聞いておりません。その他、

「銀行界では税制改革の陰の司令塔とか言われているみたいですけど、保育園問題に関しては表の司令塔ということでもいいんじゃないでしょうか。」


 ところで、片田哲也副会長(コマツ会長)の動静が聞こえてきません。当日は欠席だったものと思われます。


 後日、金融再生委員会では、片田委員が振り返って、バックシートの私に向かって両手を合わせて終わり。そんなことより、ヤツらの勘違いを正してください。



慶應義塾の評議員会

 トヨタ自動車では最も人間関係が近いということで、その後始末を押し付けられたのが創業家御曹司の豊田章夫氏(後に社長、会長)。慶應義塾の評議員会では、泣き言を言っていたらしい。

「ウチ、正社員さんも期間工さんも派遣さんも協力会社さんも虫ケラ扱いするような、そんな酷い会社じゃないですよ。」

きっと、福沢諭吉先生の曾孫さん(三菱地所社友)や先輩方からイジられたに違いない。ただ、当の私に対しては

「突き落としちゃってごめんねー。あとは勝手に這い上がってきてねー。」

とばかりに放置プレー。


 これとは別に、麻生泰氏らにも多くの先輩方からお声がけがあったそうです。東芝の西室泰三会長からも

「何か役に立ちそうだから、大事に見守るように。それから、あなた方のところを優先していいから、三井もよろしく。」

 大正製薬の上原明社長らと対応策を協議しているところだったらしい。車椅子の西室会長を健常者2名(三井不動産の岩沙弘道社長と商船三井の生田正治社長、後に初代日本郵政公社総裁)が走って追いかけ、放った言葉が「ファイト・イッパーツ」。居合わせた人も、雰囲気を察して、数人が背後に集結。なお、電動式車椅子には速度制限がありますが、手動式の場合、本人の頑張り次第でスピードが出るらしい。それとは別に、「楽しみな人材が現れました」と大変お喜びの方がいらしたそうです。あの3人の中でその口調の方といえば… その後、岩沙社長の業界事情の解説、日本総合研究所の翁百合氏の解説もあったらしい。


 西室会長らの話は、さくら銀行の岡田明重頭取からの要請によるものらしい。三井グループの二木会(会長・社長会)では、銀行としても大事に見守るようにとの話があったようです。それを伝達に来たのが北山禎介氏と車谷暢昭氏。そこまでしておきながら、東芝危機で声がかからなかったのは何故。ちなみに北山氏は三井住友FGの社長や会長、車谷氏は一時東芝のCEO、岡田頭取は東芝国際交流財団理事。

 2017年の増資の前、できれば東芝メディカル売却前であれば、東芝の迷走を止めるだけの知恵や技は持っていました。2018年4月の段階でお声掛けいただいても、銀行団や一部のアクティビストの対応は違っていたのではないかと思います。



日本興業銀行

 日本興業銀行(後にみずほFG)の西村正雄頭取からも、

「国民経済のために頑張ってくれているみたいだから、先々のこと、何か考えてあげてくれ。自分も個人的なツテで働きかけておく。」

との話が企画部の佐藤康弘部長(後にみずほFG社長、会長)他にあったようです。具体的にどこにどのように伝わったのか分かりませんが、保育園問題(補助金制度)に関しては、甥にあたる安倍晋三元首相のご尽力もあったと聞いています。

結びに代えて


 以上が、民間の公認会計士であった私が、金融再生委員会事務局金融危機管理課の課長補佐として、大手銀行の経営の健全化・資本増強とは別に、阪神電鉄・阪神タイガース球団や大正製薬と勝手にコラボして(事後承諾あり)、不動産投資信託、保育園(企業主導型保育施設)に対する助成金制度、そして何よりも多くの笑顔ができたという話です。当時は、民間活力の導入という言葉もありましたが。


 それ以外にも、仕掛けたものの空振りに終わったものがあります。連結納税制度の導入や決済性資金の保護などです。

 連結納税制度について言えば、プロジェクトファイナンスの関係で、外国では会社の中に会社を作ることで、債権の保全と税務上の損益通算ができ、上乗せ金利を抑えられますが、日本ではそれができず、会社の外に子会社を作ることになるので、連結納税制度を導入しない限り、外国企業と競争条件を同じようにできません。

 決済性資金の保護について言えば、金融当局でも「預金は1000万円まで保護されているのだから、預金を分散させればいいじゃないか」という認識でしたが、それでは、万一の場合、事業会社は従業員に給料を払えなくなります。困るのは資金に余裕のない一般従業員です。

 これらについては、後に他の人が頑張ってくれたようです。



 金融再生委員会で、最も私を評価してくださったのは、磯部朝彦委員(日立総合計画研究所社長、元日本銀行理事)。

「この事務局では、私の専門分野である情報システムのことはもちろん、技術的なことでは、向後君がピカイチ。当委員会でも、このような技術的な問題についても議論すべきだと思う。」

これを受けて、清水湛委員(元広島高等裁判所長官)は、

「法律の分野でもよく勉強している。税法とか、個別の専門分野のことはわからないが、私は論理の組み立てを見ている。法曹の世界で色々な人を見ているが、司法試験合格者と比べても、真ん中よりは上。」

相澤英之国務大臣金融再生委員長(元大蔵事務次官)によれば、

「よく勉強しているということは分かる。税に関しては私が保証する。ここまで話せる人は、(財務省)主税(局)でも見かけない。」


 その時の話は、後年、麻生太郎氏の首班指名の直後、自民党各派への挨拶回りのシーンで、一部、全国放送されておりました。その上で、

「その続きを、正確に言うと別件(税制改革)の続きを、加納時男(元東京電力副社長、藤山一郎氏の甥)が持ってきた。こっちはその前から選挙応援を受けているんだ。」

 税制改革ではいろいろご尽力いただきました。

 その時の同席者の態度の豹変ぶりも笑えましたが、その直後、本来、入室時に拍手で迎えられるはずの麻生太郎氏がアレーという顔をなさりながら「何話してんのー」と割って入るシーンも笑えました。



「何で金融当局からこんな話が来るの。内容に不満があるわけじゃない。会計監査の一環で、現場を見て、現場で頑張っている人を見て、現場の人を気にかけてくれていた人が、金融危機ということで、今、金融当局にいて、現場の人を忘れていない、それどころか現場の人のことを気にかけてくれている。だからこそ、何でもない世間話でここまで話してくれている。保育園の問題にしてもそうだけど、そういうことであれば自分も納得できる。」

 会計監査をする者あるいは監督をする者は、相手に迎合すべきではなく、多少評判が悪いくらいが健全なのだと思います。ただ、財務報告に限らず、内部統制組織が健全に機能するように対応した結果、話を聞いてくれる人、きちんと説明してくれる人ということで、他の人よりはマシ、現場に寄り添った人に見られてきたのだと思います。おかげで色々勉強にもなりましたが。

 いずれにせよ、このような意見に同調する方々から、

「自分たちは力をもらいました。向後さんには、もっと多くの人に力を与えるようなことをして欲しい。」との要望がありました。

 私の方で進んで何かをするということではなく、そのような機会があれば、そのような要望にもお応えすれば良いものと思います。



 最後に、麻生太郎氏の2000年当時のお言葉

「いいんじゃないのー。国民を応援するというのは、政治の世界では一丁目一番地。与党も野党もないと思う。共産党はわかんねえけど」

 共産党も与党です、あの政策に限っては。



付言


 これとは別に、面倒くさい金融監督庁職員に説教したことがあります。

「向後さんが木村耕三にブチ切れた。木村耕三がビビってました。木村耕三のあんな姿、初めて見ました。」

 銀行界では緊張感が走ったらしい。三和銀行員が帰った後、その説教は

「金融当局者たる者、愛の戦士でなければならない。(以下省略)」


 木村耕三氏はカルチャーショックだったらしい。その上で、

「言いたいことを言っているようで、原点からは一歩も離れていない。自分より若い人で、自分より銀行検査のことを分かっている人、初めて見た。」

 木村氏は、検査実務の第一人者として、また自他共に認める「検査の鬼」として、金融界でも監督当局でも恐れられていたらしい。説教ついでに、リスクマネジメント、税効果会計、オプション取引、仕組み債、業務委託先の検査手法、年金問題などについて解説しておきました。監督不行き届きも問題ですが、過剰な行政指導によって金融実務を歪めることも問題です。適正化にお役に立てれば光栄です。当時、検査部門では、

「表面的には何でもない世間話、というよりはコントであるが、中身は普通に研修になっている。このテクニックはスゴイかもしれない。」


 後日談にはなりますが、当時、検査実務でナンバー2だった目黒謙一氏からお礼を言われました。「(精神論の部分では)救われた。現場でも指導して欲しかった。」とのこと。大蔵不祥事の際には、職場の仲間2人が自殺し、職場の雰囲気はどん底状態だったものと思われます。当時、五味廣文検査部長(後に金融庁長官、SBI新生銀行会長)では、職場の雰囲気を変えようと何をやってもダメだったそうです。それを一撃で変えました。その上で、「あの方(検査の鬼)とコントができるのは、金融当局では向後さんだけだと思う」と言われておりました。それ自体、スゴイことらしいのですが、何がどうスゴイのか未だに理解できておりません。別に、コントをしたわけではありません。相手がボケていただけです。


 当時、日野正晴金融監督庁長官(元最高検察庁長官)によれば、

「この人の定義に従えば、国家公務員たる者、すべからく国民のための愛の戦士でなければならない。公僕とは何か、小学生にも分かるように説明する時、国民のために頑張る人すなわち国民のための愛の戦士、これより分かりやすい表現は知らない。」

その他、幹部会ではこのような意見も

「上に立つ者は、ドリフのコントが教養番組に見えるようでなければダメだとか言っているようだが、だんだんそんな気になってきた。ドリフは偉大だったんだ。」

「向後さんもカルチャーショックだったのではないか。採用初日に、検査部門に挨拶を入れたいと言ったら、取りなすことすら断られ、「御庁内の皆さまー、愛の戦士の援軍にやってまいりましたー」と言ったら、「そんな人いないよ」と返されたわけですから。」

 ちなみに、目黒氏は、TBSの銀行を舞台にしたドラマでは、主任検査官のモチーフとされていたとの報道が。キャラクター的にはずいぶん違うように思いますが。ドラマでは金融検査をあまりにも茶化しすぎているとして、金融庁からクレームがあったとか。そのプロデューサー福澤克雄氏は三菱地所福澤武社長の甥。


 この説教話、幸か不幸か自衛隊には流出しなかったものの、警視庁警備部には流出しています。

「警備当局にそのように言う者はおりません。間違っているとまでは言いませんが、警備が何たるかお見せしたいので、警護が付くくらい出世してください。」

責任大臣の谷垣禎一金融再生委員長は、森喜朗内閣お付きのSPの間では、「愛の戦士の親玉」と言われていたそうです。

「この人だったら、側近の1人や2人、自分たちのことを愛の戦士とか、皆まとめて愛の戦隊とか言っている人がいても不思議はない。」

 なお、最高責任者の森喜朗総理大臣は、ラグビー人脈での盛り上がりを含め、何のことかご存知ありません。


 警備当局者の中には、帰宅後、子供を正座させて、この話を紹介した上で、君たちには愛の戦士になって欲しいと言った人がいたらしい。

「頑張っても壁にぶつかることはある。そんな時に、この人の言葉を聞いて、力が湧いてきた人もいるんだ。この人、愛の戦士だと思わないか。」

初めはキョトンとしていた子供たちも、子供なりに愛の戦士とは何なのか理解したようで、最終的には父子で盛り上がったとか。その後、子供が母親のところに行って

「お母さん、僕、愛の戦士になる。」

「いつまでもバカなことを言ってないで、早くご飯食べちゃいなさい。」

警視庁では、そのようなご家庭が何件かあったらしい。



 以上、昔話に長々とお付き合いいただきありがとうございました。




















































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