2023年に詠んだ短歌

暗闇に目を慣らしつつ穏やかに一番悪い未来をおもう

住む場所が安定せずに剥き出しの変数として渡されてゆく

風景の鮮度が落ちてゆくたびに呼吸は深く緩やかになる

四日目の風邪 人生のものすごく貴重な四日間ずっと風邪

十五年前の誰かのアメブロを勝手に読んで勝手に泣いてる

二時半になっても眠れず部屋中の冬ゆび先に集まってくる

帯付きの(思ったよりも温かい手触りがする)百万の束

現金にすれば片手に収まってしまう来年も再来年も

重箱の四隅を集めて新しい箱を作った、みたいな悟り

あたらしい匂いが残るその紙のすべての夜へ続く手触り

*

だとしても浅い眠りの中で見る何かの青写真だよこれは

すぐに出る言葉を二、三出せばまた跳ね返ってくる老いたあなたが

ポートレイト・オブ・トレイシー お父さん僕のことどう見えていますか

iPhoneが手からはみ出てゆく前の友達、それ以降の友達

鈍色の帰り道にまだずっといる顎関節に予感を宿して

一度だけ戻れるのなら選ぶかも十一月の後部座席を

なんとなく歩道橋から撮っていてよかった涼しいだけの土曜を

古代魚のように沈んだN-Iエヌイチが僕を見ている風の難波で

真昼間の日本橋を『CCOちゃコッチャ』まで駆ければ縦に連なる時間

僕はもう全く新しくはない 水が来ているなら向かうだけ

お大事に。両足首を置けばもう冬の浜辺の惑星にいる

*

百年後まだそうである丘陵のような煙草の背を撫でている

抽象化されてゆくからどの時の施設も同じ石と鋼だ

なにか膜のようなものがなくなって事前に描画されている顔

投げられる前にあるからどの人もあなたに言及できないでいる

謝ればエゴは研ぎ澄まされてゆく死人に口がないと言うなら

実際はどうとかじゃなく体感でもうずっと五月の夜のまま

あなたへの応答として生活を続ける気にはどうもなれない

囲むしかない寿司があり儀式とはどこをとっても取り囲むこと

張り詰めていたから顔が本当に古いままみんな止まっている

思い出す鉛の文字を見るたびにあなたが眠らなかったことを

マイクロバスの嘘かもしれない空調の、いやきっとこれは嘘だろうな

切り方が雑だったその断面に花は何度も訪れている

耐性の無さに美を見ることもある。とはいえ、こちら側の意見だ

深緑が座面をさかのぼってゆく 阪急がさかのぼらせている

いまさらだ ここまで編まれていたものが端から燃え落ちてゆく間際に

最初から自分の中にあるものを吐いてまた飲むように さよなら

第三次儀式産業 僕たちの単位にあなたを宿す信仰

この先も記号になってカーペットいちばん白く毛羽立っている

不在って情報過多だ 本当に架線は鶴橋までのびていた

とても濃く近鉄電車は匂うから消せないよ新鋭の空気じゃ

*

青白い湿度の中をむくむくと三鷹行きの重い重い風

『ナトリウム灯を守ろうの会』いまここに発足させます僕が

辻斬りよ クリーム色に馴らされた連絡通路には逃げ場なし

生き急いでるのは彼も同じだよ。忍耐不足で死ぬよ、あいつは

七月の暗渠の上にそびえ立つtechの人の弱き足取り

都市はもっと明るくていい全員の瞼の裏が痛くなるまで

はいカット 僕らは未来に生きていてあと少ししか残っていない

看板の亡霊を見たことがない 再再再再再開発

選択と集中あなた今日のことちゃんと忘れましょうねお互い

磯丸の壁のおおきなゴキブリを目印にまたお会いしましょう

世の中のすべての僕の左手に渋谷でいちばん静かな器

*

煽られる冬の有線イヤホンに我慢ならない日が続いてる

背後からそっと侮蔑の眼差しで踏んでやりたい右の踵を

1と3で乗る人たちを(その調子)見下ろしましょう二階席から

1Kに油煙を連れて帰るなよ泳ぎきれない波が来るから

寒いから時間が長い 僕たちは食えなくなるよいつか絶対

アルコールもうやめようよそんなんじゃアポカリプスを生き抜けないよ

先輩が狂った 僕も昼下がりたまにそちらの方を見てます

UFOが去る時みんなUFOのことを忘れる夙川しゅくがわ沿いで

閃光だ ひとつのあまりにも長い閃光だ今消え去ったのは

東門街ひがしもんがいを跳ね回る僕らの踏むべき場所を踏んでゆく足

*

心から(アバダ ケダブラ)申し訳ないと思わなかった日はない

いま君を何度も生かすその意味をエスカリボルグどうか伝えて

終末期 やわらかに鳴る呼吸器にルイズの髪の香りが満ちる

今までにティロ・フィナーレで葬ってきたものの名を呼びたくて呼ぶ

危機管理 魔法少女の夢の中だけにしましょうお会いするのは

あなたにはあなたの魔法 煙に巻くことのつらさをいつか教えて

*

ヨドバシのかばん売り場で目隠しをいきなり外されたような、真昼

鈍器での殴打が死因 小さめのフライパンだけ持って引っ越す

お互いにねじれの位置を向いていてそこだけ強い三月の風

何も言わなくてもアイスコーヒーの氷はとける春のはやさで

永遠に生きるつもりで反撃をするから見せて必殺技を

生活の死角 もとからそうだったようで初めて聞く二人称

それでいいならいいけれどオブジェクト貫通バグのごとく剥き出し

あなたには夢の言葉で話すからあなたも夢の言葉を言って

シリアルの底の牛乳 人づてに来た連絡を返さなかった

橙の夜道をトースターは抱き 結局降らなかったよ雪は

抱擁の直後のように暮れてゆく。何かを決めてしまうなら、今だ

やがて骨 そこに至れば骨すらも削る覚悟があるから、聞いて




だいたいこれで全部です。ありがとうございました。


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