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なぜクマは人里に近づくのか?

近年、人と野生動物たちの境界が曖昧になってきています。
特に最近ではクマ(ヒグマ、ツキノワグマ)が人里に出没すると頻繁にマスコミに取り上げられるので、なんとなく知っている人が多いのではないでしょうか。
毎年どこかでヒグマの出没が騒がれている北海道札幌市では、今年の目撃情報が過去10年で最多になりました。

また、日本の首都である東京でも今年に入って既に60件の目撃情報があります。

https://news.yahoo.co.jp/articles/9679472c398f99f87ca324a0976a9343f314af2f

意外かもしれませんが、東京西部はとても深い森が広がっているので、クマに限らずさまざまな動物がたくさんいます。
では、なぜ、近年になりクマの出没が増加しているのでしょうか?

個体数の増加

クマの出没が増加している背景には複数の要因が絡み合っています。
一つは個体数の増加です。
北海道ではかつて冬眠明けのヒグマを駆除する「春グマ駆除」が推奨されていました。

駆除が進んだことで一時期はレッドリストに掲載されるほどヒグマは個体数を減少させました。
しかし、1990年台以降の世界的な自然環境保護の意識の高まりにより、駆除から保護の方針に転換しました。
それにより平成24年度時点ではのヒグマ生息数は 10,600 頭±6,700 頭と推定され、平均値でみると平成 2年度の約 1.8 倍になったと言われています。


北海道の平成2年度及び平成24年度のヒグマ推定生息数 (出典:北海道(2017)「北海道ヒグマ管理計画 資料 」 平成2年度及び平成24年度 のヒグマ推定生息数 )

北海道と同じように、本州でもいくつかの府県単位で個体数の推定がされており、個体数が増加していると予想されています。
たとえば兵庫県では平成17年度時点で県内に生息するツキノワグマの個体数は約300頭と推定されていました。
しかし、平成30年度には約3倍の900頭近く生息していると考えられています(最近では転じてやや減少傾向)。

兵庫県のツキノワグマの推定生息数推移 (出典: 兵庫県(2019)「ツキノワグマ管理計画平成 31 年度事業実施計画資料編」ツキノワグマの推定生息数の推移)

また、全国的にこれまでに出没が確認されていなかった地域でもクマが目撃がされるようになり、分布拡大していることが明らかになっています。

新世代クマ

二つ目の要因として、俗に「新世代クマ」と呼ばれるクマたちが増えていることです。

「新世代クマ」とは人に慣れ、人を恐れなくなったクマのことを指します。
数十年前の日本では人は里山を活用して暮らしていたため、クマは奥山に生息していました。この頃には狩猟も盛んで各地の山では銃声が鳴り響いていたでしょう。
しかし、近年、都市化が進んだことにより里山は管理されなくなり、里山は奥山と同じような環境となってしまいました。
その結果、クマは人の生活環境に慣れてしまい、人とクマとの距離が近づいてしまったのです。

餌の増加と減少

三つ目に、餌の増加と減少によるものです。
クマは肉食性なイメージがありますが、実は雑食性で特にブナ科の樹木である堅果類(ドングリ類)のブナ、ミズナラ、コナラなどを好んで採食します(もちろんチャンスがあればシカなども食べます)。
この堅果類は年によって結実が豊作の年(実りの良い年)もあれば凶作の年(実りの悪い年)があります。
たとえば、ブナは5~7年に1回程度で豊作になると言われており、ミズナラとコナラもそれぞれが周期的に豊作と凶作を繰り返しているのです。
そのため、ある堅果類が豊作の年には、クマはそれを食べれば良いので、奥山で堅果類の採食をします。
しかし、どの堅果類も並作だったり、凶作だったりすると、山には食べるものがないので、クマは食べ物を求めて行動範囲を広げるのです。
その結果、クマは人里近くに現れ、里山環境に生えているカキやクリを採食することで、人と出くわす機会が増えてしまいます。
ちなみにクマのよく出没する地域では自治体により、その年の堅果類の実り具合を調査し、HP上で公開してクマの出没の注意喚起をしています。

クマと共存するために

昨今は地方から都市部への人口流出が続き、地方の町や集落は過疎化が深刻です。
そのため、今後もますます里山は荒廃していき、奥山と同じような場所が増えると考えられます。
狩猟者も減少しているので、地域によって差はあれどクマの個体数は増加していくでしょう。
人身事故も増加してしまうかもしれません。
そのため、クマと出会わないようにし、人身事故を防ぐための手立てを知っておくことが大切です。
たとえば山に入る際には、クマに自分の位置を知らせるクマ鈴を携帯したり、見通しの悪い藪が多いところでは手を叩いたり、声を出したりして自分の存在をアピールすることが有効とされています。
万が一出会ってしまった時のためにカプサイシン成分の入ったクマスプレーを携帯しておくのも良いでしょう。
また、自治体によってはホームページ上でクマの目撃情報のあった場所を掲載しています。
クマの目撃情報があったところには近づかないようにすることが大切です。

クマによる人身事故は毎年発生しており、時には死亡事故になることがあります。
もしかしたら、これを読んでいる人が登山やキャンプで山に入った際にクマと出会ってしまうかもしれません。
少しでもそのリスクを減らすために、クマの生態を知っておくことが、自分のためにもクマのためにもなると思います。

参考文献

・兵庫県.2019.ツキノワグマ管理計画平成 31 年度事業実施計画資料編.兵庫県,神戸.
・片平篤行.2015. 8 年間の堅果類豊凶調査から把握したツキノワグマの出没との関係.
・環境省.2015.クマ類の保護及び管理に関するレポート.環境省,東京.
・環境省.2017.特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ類編・平成 28 年度).環境省,東京.
・環境省.2018.ニホンジカの保護及び管理に関するレポート.環境省,東京.
・京都府.2017.第一種特定鳥獣保護計画―ツキノワグマ―.京都府,京都.
・北海道 .2017. 北海道ヒグマ管理計画 資料.北海道,札幌.

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