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週刊牛乳屋新聞#99(「折り鶴」は無意味じゃない)

こんにちは、牛乳屋です。
最近、メンタリストを名乗る男性が「ウクライナに折り鶴を送るのは狂気」と発言し、波紋を呼んでいました。

今回の記事では、私が本件について思ったことを書きます。


世の中を変えることはできない…かもしれない

真っ先に、2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件を思い出しました。留学生として上海にいた私が楽しみにしていた日中交流イベントや、日本関連のイベントが全てキャンセルに追い込まれました。また、上海の総領事館から毎日注意喚起のメールが届いて、街中で国籍を聞かれたら「韓国人」という日本人がたくさんいました。

肩身の狭い思いをしている中でも、現地の友人がひっそりとカラオケや食事会を開催し、新しい出会いや交流の機会を作ってくれました。また、現地の日本語学科でパートタイム助手をさせていただき、日本語を学ぶ現地の方との交流の場を作ってきました。

こういった食事会や学習会が日中関係の改善に役に立ったかと言われたら、微力すぎて役に立っていないかもしれません。自己満と言われたら、自己満なのかもしれません。

人を変えることができないように、社会を変えることなんてできないっす。


何かが繋がる時が来る

現地の方との交流をTwitterに投稿したら「なんでこんな時期に中国人と関わっているんだ」と悪質なコメントを貰ったのを今でも覚えています。一方で、ウェイボー(中国版Twitter)に投稿しても「日本人によるスパイ活動」「日本人に関わる中国人は逆賊」みたいなことを書かれていました。気が滅入ったのと、課題で忙しかったのでSNSの投稿を消して、しばし開かなくなりました。

しかし、10年近くも経てば当時の緊張感が薄れ、2010年代後半から中国との関係が改善されました。首脳間の往来に限らず、日本が人気の旅行先として選ばれるようになりました。

当時、仲良かった友人が東京に来たり、自分が天津でもがいていた時に助けてくれたり、と多くの方々との繋がりを再び確認することがありました。友人との関係は国際情勢がどうなろうとも簡単に断ち切れるようなものではないのです。


コスパ時代だからこそ長い時間軸が大事

人との繋がりや想いって、経済的利益が前提では無いので価値を感じにくいかもしれません。特に今の時代、トレンドの移り変わりが早すぎて、「今この場で役に立つもの」が強く求められる時代なのかもしれません。最もそれが分かりやすいのが、金ですね。

折り鶴で戦争に苦しむ方々との紐帯を示すことは、経済的利益を感じにくいかもしれません。ただ、そこで新しく繋がる人の輪は、いつかどこかで花が咲く日が来ることでしょう。そして、この信頼関係は一朝一夕では作れないのです。

とはいっても、やはり喫緊で必要とされているのは生活の糧であることには間違いありません。僕の友人が運営しているおむすびチャンネルでは、ウクライナ人の収入機会創出に向けて取り組んでいます。


海外進出を虎視眈々と狙っている僕も、おむすびチャンネルで英語力に磨きをかけようと思っています!

高くて効果が分からない英会話スクールで消耗しているのであれば、是非おむすびチャンネルへ!!

※ステマではありません!!

サポートは僕の酒代に・・・ではなく、頂いたサポートで面白いことをやって記事にしてみたいと思います!