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週刊牛乳屋新聞#90(飼いならされない生き方)

どうも、牛乳屋です!最近youtubeでディズニーメドレーを流すようになったこともあり、最近『バンビ』を見ました。とんすけが好きな私は、勢い余ってバンビの原作『Bambi, A Life in the Woods』を読みましたので、今回は感想をテーマにします。

鹿の視点を貫く

主人公が動物だとしても動物文学の書き手はあくまでも人間。同じ時間を共有し、お互いの存在を認識しても、人間には動物の本当の気持ちは分からないし、分かりあうこともできない。動物は究極の他者です。

だが、そう言い切れない感情が人間の中にはあります。人間は、自分より小さくて弱い家畜や野生動物と目を交わせたり、触れ合ったりする時、慈しみやいたわりの感情が芽生えることでしょう。この動物は、自分をこの世をどのように感じているのだろう。人間は、動物の側から世界を見ようと創造力を働かせてしまいます。

神話や民話では、動物と人間の間で会話や返信がよく起きます。古事記に登場する鹿の神アメノカク(天迦久神)は国造りにおいて刀の神アメノオハバリ(天之尾羽張)と交渉する重役を担っています。『日本書紀』や『古事記』では、動物や人間のみならずモノとの境目はしばし曖昧です。

一方、近代的な文学や漫画では、喋る動物の正体は比喩的な人間であることが多く、人の気持ちを代弁したり共感したり、ちょっと距離を置いて風刺する役目を担います。最近映画化された『鹿の王』の主人公であるガンサ・ヴァンは鹿のピュイカを操り、故郷を守るために戦う様子を描いています。

20世紀前半に出された『バンビ』は、よく知られているディズニーアニメの原作だが、これは別です。美しい自然の中で生まれたカワイイ小鹿はあくまでも鹿。著者のフェーリクス・ザルテンは自分の気持ちを鹿に託すのではなく、鹿の視点と感覚で、その生涯を書こうとしています。初めての草原、母の死、恋を巡って恋敵とのさや当て、痒くてたまらない角、大人としての威厳。飢えや動物同士の殺し合いも描写しています。

隷属への嫌悪

何より驚くのは、バンビたちが人間を非常に不気味なものとして嫌悪していることです。「第三の手」すなわち猟銃がいかに恐ろしいかを森の動物たちは語り合っています。人間に飼われた経験のある鹿のゴーボ(Gobo)は、「人間は親切で素晴らしい能力を持っている。他の動物たちは人間への理解が足りない」と話します。そこで、森の王であるバンビの父はゴーボに、その首についた筋は何か?と聞きますが、ゴーホを繋いでいた首輪の跡は隷属の恥ずかしい証拠に他なりません。しかし、人間への不信感を払拭しないバンビの父や他の動物たちを横目に、ゴーボはより一層自分は他とは違って分別があると考えます。人間との関係を深めることで飢えや病気への心配がなくなるのに、人間のことを少しも理解しようとせず、偏見ばかり。人間と距離を取る選択をしている動物はゴーボにとって愚かな存在であり、嘲笑の対象です。

父はバンビに対して「ひとりでいろ」と言います。それが誇りある生き方だと。ある日森の中で出くわした、密猟者の死体を前に、人間が全能だと思い込むな、と教えます。人間に怯えて不安に駆られ「動物同士でつるんで人間に生殺与奪の権を与えること、或いは生き方を巡って動物同士で揉め、仕舞いには殺しあう」のが一番いけないのだと説くのです。飢えや山火事が起きたら他者と協力しあう、でも「ひとりでいること」が誇りある生き方なのです。

首輪を絞める立場から締められる対象

ザルテンは、オーストリア・ハンガリー帝国のユダヤ人家庭に生まれたことと無関係ではない気がします。ザルテンは19世紀末にブダペストで生まれた後、すぐウィーンへ移住。ザルテンは政府支持新聞の演劇批評家として名を上げて、私的な狩猟地を持つほどの狩猟好きでした。ナチスによるユダヤ系市民迫害が強まると、今までの地位が全て崩れ、逃れるようにアメリカへ亡命、第二次大戦後スイス・チューリッヒに戻ってまもなく死去しました。強者に怯えて絶対視してはいけない、彼らもまた死すべき存在であり、我々と同等の者なのだ、という思想はザルテンの浮き沈みの激しい生涯と無関係ではないことでしょう。

冒頭にも書きましたが、人間は自分より小さくて弱い家畜や野生動物と目を交わせたり、触れ合ったりする時、慈しみやいたわりの感情が芽生えます。人間に対してはどうでしょうか?自分よりも身体的にも経済的にも弱い人間と触れ合う時、慈しみやいたわりだけでなく優越感を抱くかもしれません。しかし、人間の場合は他者との力関係がふとした瞬間に逆転する可能性があります。社会において生きとし生けるものが平穏に暮らすためには、パワーバランスで関係を定義することではなく、「ひとりでいること」なのかもしれません。


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