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第26話 カラオケ合コン

時刻は午前2時ちょっと前。こんな時間なのに、体力があり余っているのか周りの部屋からは上手なんだか下手なんだか勢いだけなんだか判別がつかない歌声が漏れ聞こえ続けている。

きっと私がいた部屋でも盛り上がってるんだろうな。3対3の合コン。私以外の5人が意気投合して、そのまま5人で行けばいいものを、わざわざ私も誘って2件目のカラオケ。ここで朝までオールで騒ぐらしい。…よくやるわ。

誰もいないドリンクバーで空のグラスを片手に、私はふぅ、とため息をついた。
さすがに、ずっとここにいるわけにはいかない。部屋に戻らないと。…まぁ、別に心配されるような人材ではないけど、何かさ、ほら、あるじゃん。そういうの。それです。うん。
いい加減部屋に戻るか…と、思ったその時、ドリンクバーに男の人が入ってきた。
「あ、すいません。私どきますんで…。あ、春斗くん」
合コンメンバーの1人、白衣を纏った長身男子 春斗(はると)くんだった。
「大丈夫?飲み過ぎちゃった?」
「あ、ううん。別にしんどくもないし、無理もしてないよ。ただちょっと、カラオケが苦手っていうか、ね」
「苦手?ごめんね、気づけなくて。良かったら俺、こっそり音量下げたりしとこうか?」
「ううん、そうじゃないの。カラオケが苦手っていうか、今日みたいな合コンの二次会なんかで男女がバカ騒ぎしてる空気が、大っ嫌いなの!」
「え…?」
「だからいつも、こうやって逃げてるんだ。部屋とトイレとドリンクバーを行ったり来たり。私はこれをシャトルラン・ザ・トリプルって呼んでる」
「…シャトルラン…」
いや、別にそこ復唱しなくていいんだよ。

「あ。春斗くん、あれだよね?私がすぐどっか行くから見てきてって亜里沙に言われたんだよね?別に、律儀に来なくていいんだよ。それ、「一応あの子のことも心配してるよ。亜里沙って優しいでしょ?」って意味のアピールだから。ほら、戻りな?」
「いや、俺もちょっと疲れたなーって思って」
「あ、そうなの?…そっか。しんどいよね、私ら人数合わせ組は」
「…えっ?」
「え、私は確実にそうだよ!見たら分かるじゃん!金パのギャル2人と黒髪ボブの私。名前もそう。亜里沙(ありさ)と茉莉華(まりか)、おまけの亀子(かめこ)。本名かどうか疑ったでしょ?」
「えっと、ごめん。疑った」
「正直だね。あ、ちなみに大学の友達でいつも一緒にいるってのは本当。じゃなきゃ呼ばれないっての。
春斗くんも、人数合わせでしょ?何となく分かるよ。あんまし合コンに白衣着てくる人いないし」
春斗くんは、羽織ってる白衣を不思議そうに見つめた。
「理系でしょ?」
「うん。何で分かったの?」
「えっと…血液型の話の時にRHまで答えてたから」
それ以前の問題だけどね。

「そうだ。部屋、盛り上がってた?」
「うん。亜里沙ちゃんって歌うときの声すごく可愛いんだね!」
「あー。もしかして亜里沙、aikoメドレーしてる?」
「えっと、あんまし女性アーティスト詳しくないけど、たぶん、そう」
「そっか。私、あれ嫌いなの。aiko歌ってる時の亜里沙の感じ。「aiko歌ってる私、可愛いでしょ?」って感じで自分に酔っててさ。いや、可愛いのはaikoご本人であって、面識ない有名人使って自分の株上げようとすんなっての!」
音外した瞬間にテトラポットから蹴落としてやろうか。
「まぁまぁ…」
「茉莉華は?」
「茉莉華ちゃんは、何か英語の歌が多いかな。でもすごく盛り上がってるよ」
「あー。テイラー・スウィフトか。ろくに歌詞の意味も知らないで何いい気になって歌ってんだろ」
「あ、何かねビリー・アイリッシュの曲も入れてたよ。カッコいいやつ」
「ラップ詞も噛まずに歌えますアピールね。あれ、噛んでないように聞こえて、8割噛んでるから。英語詞だし、早いし、どうせ聞き取れてないだろっていう魂胆が見え見えなのよね」
「それはさっき諒(りょう)も言ってたな。あいつ、帰国子女だから分かるんだって」
「そうなんだ」
諒くん、ただの脳筋スポーツマンじゃなかったんだ。てか、そういう盛り上がりそうなプロフィールは一次会の飲み屋で教えてよ。
「ほんと、自分の趣味押し付ける女って面倒じゃない?」
「あー…うん、そうかも」
春斗くんの笑顔は少しぎこちなかった。

「あ、ねぇ。今何時か分かる?私、スマホの充電なくなっちゃてさ」
「えっと、今は…2時5分」
「そろそろあの二人酔い潰れてる頃ね。あ、長話に付き合わせちゃってごめんね?」
「全然いいよ。そろそろ戻る?」
「うん。言っておくけど、ここからは私の時間。今から私の水森かおりで列島巡るから覚悟しててね!」

私と春斗くんはおかわりのドリンクを入れると、並んで部屋へ戻った。まだ夜は終わらない。


<END>
2020年2月12日  とびだしNSC より

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