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第35話 いけにえの少女

その村には鬼がいる。20年に一度、村で生まれた15歳の少女をいけにえに捧げることで、鬼の怒りを鎮め、村の平和が保たれるという。いけにえに捧げられた少女は、六畳ほどしかない狭い祠に入り、外に出ることは許されず、その命が尽きるまで、村の平和のため、祈り続けなければならない。

今年は、いけにえを捧げる20年の年にあたり、村に住む1人の少女がいけにえに選ばれた。少女が祠に入って一週間。

バタンッ
祠の真ん中で、いけにえの少女が倒れた。入学式の日、たった一回しか学校に着て行けなかった黒いセーラー服から見える白くて細い手足がには力がない。
「あーーーーーーーー」
呻くような少女の声。
「暇やーーーーーーーー!!!!!!」

ごろんと寝転がって仰向けになる。
「はぁー。私に課せられた二つの仕事のうちの一つ"朝の祈り"終わってもうたもん、何しよう…」
右へごろん。
「今、何時?…まだ朝の8時!?…えぇー…」
左へごろん。
「もう一つの仕事"夜の祈り"、さすがに今やるわけにはいかんしなぁ…」
右へごろん。
「ポコパン飽きたし、ツムツムはレベルカンストするまでやり尽くしたし、おじさんを助けよう系の何たらエスケイプも全シリーズ最後までクリアしたからなぁ…」
左へごろん。
「結局、おじさん助けるやつ、あの広告で見たやつ一個もなかったなぁ…。皆言うてるけど、やっぱりちゃんと詐欺やったなぁ…」
右へごろん。
「てか、今何時よ?…8時1分?まだ1分しか経ってないん!?一日、長っ!」
左へごろん。
「TwitterもInstagramも何の動きもないわけやわ…」
右へごろん。
「しゃーない。またYouTubeで雑学系のまとめ動画見よー。あれ、無限に時間溶かせるからなぁ…」
左へごろん。と、したその時。祠に近づく何者かの足音が聞こえた。足音は徐々に近づいてくる。そして、
ガコンッ!
と、大きな音がした。いけにえが祠の外に出ないように外からはめている閂が外された音だ。
少女は起き上がって、セーラー服の襟を正す。
ガタガタガタッ…ギギィィ……
ゆっくりと戸が開く。外にいたのは一人の老婆だった。

「婆ちゃん!」
「聡子(さとこ)、元気にしてたか?」
「うん。何とか元気でやってるよ。今ね、ちょうど朝のお祈りが終わったとこ」
「そうかいそうかい」
老婆は、手押し車に載せた大きな段ボール箱を抱えた。
「あ、私持つよ!」
「ありがとね」
よいしょ、と箱を祠の中に入れる。
「婆ちゃん、これは?」
「お祈りの時のお供えだよ。村の皆から預かってきてるから、今夜のお祈りの時にでもお供えしてあげなさい」
「うん、分かった」
老婆は声を潜めて
「お祈りが終わったら、食べていいからね」
「本当に!?うわ、嬉しい!ありがとう!」
「聡子の好きなもんも、婆ちゃん入れといたからね」
「やった!婆ちゃん、ありがとう!」
老婆は目を細めてうんうんと頷くと、
「じゃあ、婆ちゃん帰るからね」
「うん」
「聡子」
「ん?何?」
「…身体には、気を付けるんだよ」
「…うん。婆ちゃんもね」
老婆は少女を抱き締めようと手を伸ばそうとして、しかしその手を宙で止めてゆっくりと下ろす。名残惜しさか憐れみか。祠の戸が再び閉じられ、重たい閂がはめられた。

しん。と、静まり返った祠の中に、少女と大きな段ボール箱が残された。開封しようと箱に手をのせる。
「はーぁ…。うわ!やってもうた!婆ちゃんに部屋着持ってきてもらえばよかった…!」
黒いセーラー服の袖やスカートを嗅いで確認する。
「さすがにそろそろクリーニングした方がいいやんな…。くさっ!えー、これはそろそろやばいよなぁ…。やらかした…」
少女は床に放り出していたスマホを拾って、
「よし、婆ちゃんにLINEしとこ」
ペペペッとメッセージを打って送信。スタンプはつけない。
そして段ボール箱を開封する。
「えっと、お供えは…。米、醤油、味噌に酒。それと…これは何や?何かの生肉と何かの生魚と何かの菜っぱ。以上か。あ、新しいろうそくと半紙も入ってる。なるほど…」
ひとしきり箱から出して床に並べた。
「婆ちゃん。ここ、調理設備ないからもて余すなぁ。お供えしてお祈り済んだら食べていいって言ってたけど、調理設備ないから持て余すなぁ!かろうじて火はあるけど、ろうそくとマッチやから調理しきれへんよ。低温調理でじっくりにも程があるし、冷蔵庫もないからこれ、腐るだけやで、絶対」
床に並べた食材をもう一度段ボール箱に詰め直す。
「てか、鬼にお供えするお酒、これ'鬼ころし'だけは絶対選んだらあかんやろ!鬼さん、これ私が選んだわけちゃいますからねー。…もう、怒られても知らんからな」
'鬼ころし'のラベルが祭壇の方を向かないように安置して、少女は再び床に寝転がった。
「はぁ。お昼、Uber頼も」
こうして、少女の退屈ないけにえ生活はだらだらと続いていく。


果たして鬼は本当にいるのか。村の人たちは漠然とした疑問を抱いていた。
20年に一度、いけにえとして若い少女を祠に入れる。20年が経ったら新しい少女を入れる。20年間で祠に入れられたいけにえの少女達がどういった生活を送っているのか、村の人たちは知らない。閉ざされた祠の中で、ひっそりと息絶えているのか、鬼に連れ去られてしまうのか、はたまた自力で逃げようと画策するのか…。
ある、いけにえだったという元少女がいうには、鬼は本当にいるらしい。その鬼はいけにえの少女にしか見えないそうで、日中夜暇を持て余すいけにえの少女のために、食事を用意したり、風呂を沸かしたり、山奥の祠の中までWi-Fiを飛ばしたり、時には20km近く離れた麓の町から'Uber'とかかれた黒いリュックサックに料理を入れて配達したりしてくれる、それはそれは面倒見のいい女性だといい、20年ごとに代替わりするのだそう。



その日の夜。お供えの'鬼ころし'に鬼がブチ切れたからか、少女が呟いていたいけにえ生活赤裸々ツイート集がバズったからか、村は色んな意味で、炎上した。


<END>
2021年4月4日  UP TO YOU! より

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