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第24話 転生

雲一つない青い空。視界を遮るものは何もない。心地よい風が吹き抜ける。ここは校舎の屋上。私以外、誰もいない。
私は脱いだ上履きを揃えると、フェンスに手を掛けた。
「よし。これを登りきれば新たな世界…。さらば、高校生活。いざ、新しい世界へ!」
ぐっと腕に力を込めて、フェンスをよじ登る。細い金網が腕に食い込んで少し痛い。でも、これしきの痛みは「痛み」なんてものじゃない。この先に新しい世界が待っている。
およそ3mの高さがあるフェンスのてっぺんに手が届いた。
「いざっ!」
グッと腕に力を込めたその時、急に強い力で制服の背中のところを引っ張られて、フェンスから引き剥がされた。

「痛っ!…え、何?誰?何事?もしかしてもうここは…?」
キョロキョロと周りを見回していると、乱暴に回れ右をさせられた。そこにいたのは、
「…えっと。確か同じクラスの橘…さん?」
「…」
橘さんは、仏頂面でダルそうに頷いた。ギチギチと私の腕を掴む彼女の手に力が入る。それと同時に爪も食い込む。
「…あ、どうも。…こんにちは」
とりあえず何か声をかけた方がいいのかな。挨拶してみたけれど返事はない。そりゃそうだよな、だって橘さん含め今まで一度もギャルと話したことがないんだもの。何語使ってんのかすら分かんない。
「えー…と、き、今日も素敵なネイルですね」
「てめぇ、自分が何してるか分かってんのか!?」
ギャルの大声、怖い。…ギャル?ヤ○キーじゃないのこれ。それくらいの迫力。でも私は負けないぞ。日本語が通じるみたいだから、話しはできそうだ。
「え、あ…はい。ま、自分の行動には絶大なる責任と自信をもってるんで」
「じゃあ何してたんだよ?」
「この屋上から、ダイブしようとしていたの」
「痛い痛い痛いってば!力入れすぎ」
「マジ自殺とかすんなよ。ウチら掃除するのマジダルいしさあ」
「…それは、心配かけさせてごめん。…あ、そうだ、ここだけの話なんだけどね。私、ここからダイブして、異世界転生するの!」

時が止まった。
そう錯覚するくらい静かだった。沈黙を破るように、橘さんは掴んだままの私の腕を捻り上げた。
「痛い痛い痛い!女子高生の握力じゃないよね、これ!?ねぇ、一旦離そう?」
橘さんは、私の腕を掴んだまま
「あんたさ、何か悩んでるんだったら、周りに言いなよ。うちも聞くし…」
「え、あ、違う違う。’話そう’じゃなくて、’離そう’。解放しよう。ね?」
「無理」
「え、何で?」
「あんた、飛ぶじゃん」
私と橘さんは同時にため息をついた。
「は?何?転生?」
「そうだよ。ゲームとかの世界のキャラクターに転生するの。あ、羨ましいかな?秘密にしててごめんね」
呆れたような、心配するようなそんな顔。
「うん。橘さんが言わんとしてることも分かるよ。「転生するならトラックに突っ込めよ」って。でもさ、そうすると某101回目的な、「僕は死にましぇん!」的な、事故らないっていう失敗コースもあるのよね。それに、車を運転してくれる第三者の協力も必要じゃない?
でも、高いところからダイブするなら一人でできるし、誰にも迷惑かからないの。そこに気づけた私って、天才!!」

橘さんは反対の手のネイルを一瞥しながら、また私の腕を捻り上げた。
「痛い痛い痛いってば!ご自慢のネイルが食い込んじまってるぅ」
うっすら血がにじんできたところまでは確認できている。
「あぁ、橘さんの言いたいことは分かる。誘ってほしかったんだよね?私も誘いたかったんだけど、なんせ橘さんと話すの今日が人生初だから。前から仲良かったらこの転生計画話してたかもだけど、何せ今日がはじめてだったからさ。それに、下手に話して広まっちゃったら転生希望者が増えて大変じゃない?だから一人でコツコツ進めてたの。
ほら、私ってぼっちのモブでしょ?でも異世界に転生したら、何かの能力を手にしたり、何かすっごい設定が与えられたりするの。今のモブ生活より、絶対そっちの方がいい!」
「…」
橘さんが私を見る目が変わった。睨むわけではない、何か可哀想に思いやるような目。ギャルもそんな顔するんだ。そんなに誘ってほしかったとは、気づかなかったな。
「私はね、できたら拐われた姫と悪の魔王の間に生まれた子で、その後あまりの魔力の高さに恐れた魔王に捨てられた結果、山奥で事情を知らないドラゴンに育てられた隻眼の少年に転生したいの!」
橘さんの手にまた力がこもる。
「まぁでも、現実問題そんな上手くはいかないだろうから、せめて人一倍角が鋭いとか、粘液がヌタヌタしてるとか、光ってるとか、そういう設定がほしいの。それだけでカッコいいから!」
橘さんは長いため息をついた。
「橘さん。一向に手を離さないね。気づいてる?私、ここ最近血が通ってないの。血圧、体温共に急降下中で、ついでに視界も霞んでる」
ガシャン
と、小さく音を立てて私はフェンスに寄りかかった。そしてそのままずるずると、重力に従ってコンクリートの床におしりを着く。
「え?おい、ちょっと!…えっと、誰さんだったか名前知らないけど、あんた!なあ!」
「橘さんのおかげかな。…ダイブしなくても、これ、いくやつだ…。ありがとう、橘さん。行って…きます」
すうっと瞼が降りた。

…………
………
……

徐々に視界が開けていく。ゆっくり瞼を持ち上げると、
「おい、起きろー。戯れ事言ってないでそこどけやー。そこ、うちが授業サボるための場所なんだぞー」
ツンツンに尖った長いネイルで私の顔をビンタし続ける橘さんがいた。


<END>
2020年2月1日  UP TO YOU! より


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