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第33話 フリー楽器

待ち合わせ場所の駅に少し早く着いたので、スマホをいじりながらぼーっと待っていた。
程なくして、待ち合わせ相手である友人の佳江(よしえ)が来た。
「おっすー」
「…ん」
おや。いつも私と同じくらいテンションの高い佳江が、大人しい。朝が弱いからとかいうアレではなさそうな。スマホから顔を上げると、私の前に立っていたのは、それは佳江で間違いなかったのだが、彼女は声を押し殺すようにしながら泣いていた。

「おぉう、佳江!?めっちゃ泣いてるやん!どうしたん?」
私は耳を澄まして佳江の声を汲み取った。
「うん、うん、うん…そっか…なるほどな。…全然分かれへん」
努力の限りを尽くしてみたが、佳江から聞こえるのは嗚咽ばかりだった。
「いや、ごめんって」
「ぁっ…私こそ、ごめんんん…」
徐々に落ち着いてきたので、改めて事情を尋ねてみた。待ち合わせと言ったって、その後に分刻みのスケジュールが詰まっているわけでもない。二人でダラダラ過ごそうぜ!という集まりなのだから。

「…あのさ、フリーピアノって知ってる?」
「フリーピアノ?…あー、聞いたことはあるかなぁ。何か、アレやろ?駅とかで、「誰でもご自由に弾いてください」って置いてるピアノやんな?」
「うん」
「それがどうしたん?」
「それがな、私の最寄りの駅にも置いてあってな。ちょうど、小学生くらいの女の子が弾いててん」
「ほう」
「それがな、めっちゃ上手で…」
「うん」
「胸打たれて…」
「うん」
「そんでぇ…」
また佳江がプルプル震えだした。ヤバイ。これはもしや、、
「感動してぇ…涙止まらへんのぉぉぉ!!!」
うがーー!!
と、予想通り佳江の涙がぶり返した。
「そっかそっか。あんた、よぅその状態で電車乗って来れたなぁ!周りの目とか気にならんかった?」
「全然気にならんかったぁ!」
うがーー!!
「メンタル強いな。あんた、この駅まで来るのに2回乗り換えあったんちゃうん?」
「涙止まらんねんもん!しゃーないやんかぁぁ…!」
うがーー!!
佳江はしたたかなヤツである。

「乗り換えもやけどさ、そもそもあんなんで感動する人初めて見たわ」
「は?」
「いや、だってフリーピアノとか、正直昔ピアノ習ってた奴らがこぞってマウント取る為の、それ専用の楽器やん?せやから、佳江が感動したって言ってるその子も、ただただマウント取りに行ったマセガキやと思うで」
「そんなことないもん!横で動画撮りながら見守ってたお母さんっぽい人も、「えらいわ!」って褒めてたもん!」
「おかん付いてるとか、絶対お教室帰りのマウント親子やん!ええか?フリーピアノは、ピアニストYouTuberの格好のエサ場やからな!」
「…え?」
「一市民を装って、「えー何これー?」とか言いながらピアノに近づいて凄腕披露で拍手喝采。こんなんなんぼでもあるんやから」「…そうなん?」
「せやよ。ええ加減、ピアノに近寄る時の白々しいお芝居、どうにかせぇ!って思うくらいやわ。事前にカメラ設置してる様子想像したらもう、片腹痛いわ」
「そうなんや。…けっこう観てるんやね、そういうの」
「どうせそのマウント親子も、後々その動画YouTubeとかSNSに上げていいね稼ごうとしとんねん。そこにきて、号泣してるあんたが映っててみ?バズってバズってしゃーないねんから。あんた、めっちゃおいしいエサやで」
「えー、そうなんやー…」
うがーー
さっきとは違う「うがーー」。どうやらショックを受けたらしい。素直なヤツ。こんなところを見るたびに、佳江と友達になって本当によかったと思う。
「それに比べたら、ここの駅はセンスあるよな?」
「センス?何で?」
「だって、見て!コレ」
私は、一つ向こうの柱を指した。駅長室の前の長机。駅スタンプラリーのスタンプ台の並びに楽器が置いてある。
「フリーリコーダー置いてあんねん!!」

「は?え、フリーリコーダー?」
私は訝しがる佳江をフリーリコーダーのところに連れて行った。
「ほら、これ!フリーリコーダー!」
私は、何の変哲もないソプラノリコーダーを指した。
「いやぁ、ここの駅の人はフリー楽器選びのセンスあるわ。分かってる、うん。だって、チューリップくらいなら全国民吹けるんちゃう?ってくらいの難易度。ショパンとかモーツァルトとかニュートンみたいな難しいのん演奏してドヤるヤツもピアノほど多くない…てかほぼおらん。な?リコーダーって、マウント合戦にならない平和な楽器やろ?」
「…あー。まず、ニュートンは音楽関係ないと思うけど…」
「私もさっきちょっと吹いてみたんやけどさ、やっぱ久しぶりやけどチューリップいけたわ!」
「え、吹いたん!?これ、吹いたん!?どこの誰のんかも分からんリコーダー、あんた、吹いたん!?」
「うん。…何で?」
「何でって、だって、これ誰のんよ?」
「知らん」
「知らん人の、未使用かどうかも分からん…てか、確実に誰か他の人が口付けたやつ吹いたん!?」
「せやで?いやぁ、久々やから、感覚取り戻すまでちょっとかかったんよねー」
「あのー、すいませーん」

急に、見知らぬ男の子が話しかけて来た。私たちのちょっと下、高校生くらいだろうか。
「そのリコーダー、」
私が握りしめているリコーダーを指す。
「あっ!これ、もしかしてキミの落とし物?」
「あ、はい。たぶん、後ろに名前書いてると思うんですけど…」
「えー」
裏面を見てみると黒い笛に白い文字で「山田明夫」と彫ってあった。
「ほら!やっぱり、他所の人のんやんか!早よ返してあげな!」
佳江が私をせっついた。
「あー、すいません。返します」
と、リコーダーの持ち主の後ろで、彼と同い年くらいの別の男の子が私たちの様子をスマホで撮影しているのが見えた。
「ちょ、それ、何撮ってるんですか?」
持ち主くんが答える。
「あ、僕らYouTuberで…」
「YouTuber!?」
「はい。あの、「リコーダーをそれっぽく置いといたら、フリー楽器の感じで吹くヤツいるかも」っていう企画やってるんですよ」
「はぁ!?」
「何それ?」
「で、おねーさんが「フリー楽器の感じで吹くヤツ」の30人目ッス」
「30人!?」
「マジで?私の前に29人同じことやった人おるってこと?」
「いや、ビックリするとこ、そこちゃうで」
「えぇーーー…」
おそるおそる握りしめているリコーダーの吹き口を嗅いでみた。
「くっっっっっさ!!」
完全に泣き止んだ佳江が言う。
「そらそうやろ」
「あー、もう!私、大ごちそうやんかぁ!!」


<END>
2021年2月3日  UP TO YOU! より

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