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ちはやの邂逅


「犬と暮らしたい。
黒っぽい和犬。
憧れて憧れて、いつかいつか、と考えていたら、そのイメージが残った。
だから、新聞に載っていた写真ですぐ電話して、一週間後に訪問約束して、話を聞いて、1ヶ月かけて犬を迎える準備物揃えて、さらに1ヶ月待ってもらってお金揃えて、迎えに行った。」

 まぁ、そんなふうでしたよ。
 姉ちゃんは、一度来てから何回か来るから、なんとなく私はこの人んちに行くんだなぁという雰囲気はわかりました。

 暑い夏の日で、注射の後初めてのクルマで酔ったのか、私は吐きました。姉ちゃんは冷やしたバスタオルに私を包んで膝に乗せて揺れないように抱き込んでくれたので、すっかり眠りながら行きました。
 ゲージも積んであったけど、私がそのゲージを使ったのは、一歳を目前にした北海道犬品評会に参加した時だけでした。たくさんの北海道犬が集まっていました。

 犬は序列を重んじます。
私は、順位戦を挑みました。
これはなんか…そういうものだから、です。唸ってみたり、瞬発力をいかして噛んだり。姉ちゃんは動じません、痛いと悲鳴もあげません、泣きません、やられたらやり返す、私が噛んだら首輪をギュッと下に引っ張られます、私は負けじと手を噛んだ口を離しません、姉ちゃんも負けじと口の中に手を突っ込んだまま力を抜きません。
 そうすると、ふと、あぁ姉ちゃんには勝てないなと決まりました。
 当然、ほかの2人にもしました、勝ちましたが、その度に姉ちゃんが飛んできて、「ごめんねして!」と、私に泣いてる人を見せて、私が項垂れている目の前でそのまま手当てをします。何度か繰り返しました「これはダメな事」がわかりました。
そして姉ちゃんは、その人らにも何度も言います。
「ちはやの嫌がることをしないで。
繊細なところあるから声を掛けて。
急に動かないで。びっくりするから。
ご飯を食べてる時は触らないで。
自分のその時の機嫌で、言うこと、やる事を変えないで。
自分の言う事を聞かせるために人のご飯を食べさせないで。」
 パンを貰ってるのがバレました。
 姉ちゃんは、私が自分のご飯を食べずに内緒でもらう、もっと美味しいものを知らなかったので、めちゃくちゃに暴れながら2人の人を怒りました。私は外で聞いていて、「姉ちゃん、怖」と思うと同時に、私はあの2人と同じ順位かなと考えました。
 姉ちゃんは人だけど、人のルールだけで私を怒りません。私の気質や、親、祖先から引き継ぐルールと人のルールを混ぜて考えて、「この群れの規律」を言うのです。
 お酒に酔った人が嫌で、私はガブリとやりました、「アッ」と言ってなにか長い棒を振り込んできますが私は当たらないよう避けます。
 その音に気付いた姉ちゃんが飛んで来て、酔った人を叩いて怒鳴り、私を抱き上げ家の2階に連れて行きました。夜中私を外に戻した姉ちゃんはそのまま車で行ってしまい、朝の散歩の時間まで帰って来ませんでした。
2人が姉ちゃんに謝ったのを聞いて、「姉ちゃんが私の群れの長なんだな」と思ったのでした。
 
 そんなこんなが、たった2年の間にギュッとあって、私はこの群れで、この家を守るおとなの犬になりました。
 散歩中に落ちてる物を口に入れない(姉ちゃんにすぐ口を掴まれます)
 ネズミやモグラを掘るのはOKだけど、追いかけてはダメ(姉ちゃんが首輪を掴んで座らせるので落ち着かなくてはいけません)
 クルマに乗ったら動かないで座る(病院に行くためです)
 姉ちゃんも、初めて私と暮らすので失敗もありました。私はいつの間にかダニに咬まれたのか脚の毛が無くなりました、何日かお薬を飲み込ませられましたし、それ以降何かおかしいと思われたら私を連れ姉ちゃんは病院に聞きに行くのです。車に乗って、座って、と言われたら座席に丸く寝ちゃえば揺れません、私に話し掛けながら姉ちゃんは歩くみたいなゆっくりさでクルマを動かします。
 
 そんな事もあって、姉ちゃんは、私の命を守るためのルールだけは繰り返しました。
 散歩中はリードは短めです。私に声を掛けて車が来たら止まり、いつ振り向いても私を見ていますし、出来たら誉めてくれます。
 私は力が強く、脆くなっていたり、緩んでいたりした首輪やリードを引きちぎって猫や鴨を追いかけた事が何度かありました。姉ちゃんは音にすぐに気付いて飛んで来ます。
 自由に走れてはしゃいでしまっても、落ち着く時が来ます。それに姉ちゃんが見えなくなるような遠くは怖いです、落ち着いた時顔を上げると姉ちゃんが新しい首輪をギュッと巻きます。「呼んだら帰って来て」と私に頼むけれど、怒りませんでした。
 私は、そういうふうにできている犬だからです。祖先は狩のお供をしました、熊にだって威嚇します、闇雲に挑むのではないのです、祖先は人と協力していました、厳しい環境では獲物を自分で狩る事も生きるのに必要でした。
 帰って来て、と望まれるのなら叶えるのが私たちの仕事でもあります。姉ちゃんの私を守る為のおこごとは今でも続いていますし、私も本能で反応するので、これからも繰り返し姉ちゃんは「ダメなものはダメ」を繰り返し言うでしょう。

 可愛い顔をしていますが、私は姉ちゃんを守る仕事もしています。
 誰か家族以外が来たら教えて、と言われているから吠えます。
 私にも、好き、嫌い、苦手があるから、唸ります。
 好きな人が来たら嬉しいです、嫌いな人でも、姉ちゃんが話をするなら、黙って見ています。
 風が運んでくる気配や匂いは、情報です、時間が許すならしばらく情報収集したいです。
 美味しいものを、食べれるなら、食べたいです。林檎、好き。人の食べてるもの、いい匂いがします。
 お薬も注射も、こなします。

 暖かな、安心出来る寝床は、好きです、ここにいたいな、と思う時間が増えました。
 外で過ごすのも好きですが、家の中の方がいいなと思うことも増えました。
 
 私が気になるものは姉ちゃんも気になるので、私たちは確認に行きます。
 そういう暮らしをしています。
 

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