あるシングルファーザーの娘の話

 年上の友人であるTさんは、ある日とつぜん父親になり、ある日とつぜんシングルファーザーになっためずらしい人だ。

 意味が分からないと思うので説明すると、「ある日とつぜん父親になる」事件は、同棲していた彼女が出産を終えるまで妊娠を隠し続けていたことで起きた。一緒に暮らしていてそんなことが可能なのか? と聞いたときは信じられなかったが、まぎれもない事実である。誰よりもTさんが驚いていた。

 「なぜ彼女は言わなかったの?」と疑問に思うだろう。それについても説明すると、Tさんは根っからの遊び人で、ちゃらんぽらんなヒモ男。前科も複数あって、延べ三年ほど服役している。しかし、人の懐にするりと入り込む魅力のある人柄で、同性から好かれるのはもちろん、異性からもよくモテた。糸の切れた風船のようなふわふわとした危なっかしさは、女性の「ほうっておけない」感情を刺激する。当然のように浮気も日常茶飯事で、早い話、結婚だの父親だのにはまったく向いていないのを自他ともに認める人物なのだった。

 そんなTさんに妊娠の事実を伝えたら、堕胎を勧められる可能性が高いし、下手したら逃げ出すかもしれない。それなら黙って産んで、「あんたの子だよ」と突きつけてやれば、観念して父親をやるかもしれない。不安でしょうがなかったと思うが、そんなリスクを冒してでも、彼女はTさんの子供を産みたかったのだった。妊娠によるお腹の出っ張りは、徐々に太っていくことで誤魔化したらしい。

 彼女の目論見は当たり、Tさんは困惑しながらも、父親として娘を育てる決心をした。籍は入れずに内縁関係だったし、浮気はあいかわらずしていたが、娘に対する愛情ははっきりと感じとれた。これは、定期的に家にお邪魔していたのでよくわかる。ベタベタと溺愛するわけではなかったが、甲斐甲斐しく我が子の世話を焼く姿は世間のパパとなんら変わらず、これがあのTさんか……と感慨深くなったのだった。

 やがてTさんが夜の仕事に転職し、なかなか会えなくなってしまったが、絵本やお絵かき道具をプレゼントするなどして可愛がっていた娘のことは、時々思い出していた。人見知りをしないおとなしい子で、「おいで」と呼ぶと素直に寄ってきて、チョコンと膝に座るのが可愛かった。絵本を読み聞かせしたり、ふたりで公園で遊んだりした思い出もある。

 Tさんと会わなくなってしばらく経ったある日、久しぶりに会おうと連絡があったので快諾した。これまで会うときはいつも奥さんと娘も一緒だったので、今回もそう思って待ち合わせ場所に行くと、奥さんがいない。なぜいないのか訊くと、刑務所に行ったと言われ、絶句した。

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