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猫が獲物をくれた

猫が飼い主に獲物をプレゼントすることがあるというのを知ってから、密かに憧れていた。
プレゼントではなく、エサ捕りを教えているとか、獲物を安全な場所に保管しておくためとか、諸説あるが好意的であることには間違いなさそうだ。
枕元に、マコのお気に入りのタオルが置いてあったことは何度かあったが、獲物が置いてあったことは今までに一度もない。

もし、マコが私のために獲物をくれる時が来たら、絶対に受け取ると決めていた。
もし、枕元にセミとか、Gとか、野鳥が置かれることがあっても、「ギャー!」とか、「なにこれ!!」とか絶対言わないと決めていた。


そしてその日はやってきたのだ。
2年待った。
朝起きたら枕元に、足を折りたたんだクモが置いてあった。
外に出ないマコの獲物といえば限られているが、クモだって初めは捕れなかったのだ。
5ミリくらいのクモには子猫の時から手を出していたが、5センチくらいになると、マコは目を反らして見なかったことにしていた。
怖かったのだ。
しかしマコは限られた室内の環境の中で日々鍛錬を積んだ。
そしてある日、そのくらいのクモでも捕まえられるようになった。
食べているのを見たときはぎょっとしたが、生後1か月ほどで母猫とはぐれ、狩りの方法なんて教わらなかったマコが、本能でどうにか狩りを成功させたのを見たとき、少しだけ感動した。

マコはトイレの砂をかけるのも上手じゃないし、縁に座ってグラグラしながら変な恰好で排泄する。
水も半分以上こぼしながら飲んでいるし、お母さんのお手本を見られなかったことが一つの原因ではないかと思っている。
子猫の頃からの噛み癖も、かなりましにはなったが直ることはなく、何かスイッチが入ると飛び掛かってくる。
子猫の頃は今よりもずっとひどく、甘えていたかと思えば突然興奮して、噛みついてくることがよくあった。
どうやったって噛むのを止めず、こちらも怪我をするので、そんな時はゲージに入れてクールダウンさせていた。
そうすると、目をぎゅっと閉じたまま、タオルをふみふみチュパチュパして、話しかけても扉を開けても、一心不乱にタオルを吸い続けていた。
それは、かわいらしいリラックスした姿なんかではなく、どこにもぶつけようのないさみしさ、苛立ちをぶつけているかのようだった。
人間の両親がどんなにかわいがっても、乳飲み子の猫が母親を失うことは、生命としても情緒的にもものすごい危機だっただろうし、埋められないさみしさがあったのだと思う。

マコは少しずつ大人になった。
もう、厳しい顔でタオルを吸うこともない。
人間の家族と仲良くやっていくと決めたのだろう。
マコは偉い。

そんなマコが、狩りを覚え、一緒に暮らす仲間の私に獲物をくれた。
嬉しくて泣いてしまいそうだ。

朝起きた時枕元に獲物を見つけて、すぐそばにいたマコに話しかけた。
「マコ、お母さんにくれるの?」
マコはなにも言わずに見ている。
「すごいねえ、ありがとう、マコ」と言って頭を撫でた。
クモの足をつまんで、手の中で食べるふりをして、
「おいしい、おいしい、ありがとうね、マコ」と言ったら、
お母さんが、クモを食べた!とでもいうふうに、目を見開いて驚いていた。
近頃食欲がなかったから、捕まえたけど食べないでそのまま置いておいただけかもしれない。
それでもいい、絶対にこうすると決めていた。
この記念すべきよき日に。

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