医者が救急搬送されて感じたこと

昨日仙台から石巻に通勤途中、胸痛が起きたのです。それほど激しいものではありませんでしたが、私は高血圧と糖尿病を治療中ですから、どうしたって急性心筋梗塞が頭に浮かびます。クリニックに飛び込んですぐ看護師に心電図を撮って貰うと「微妙」。心電図の自動判定は「心筋梗塞の疑い、医師の判定を要する」でした。その医師である私が覧ても「どっちつかず」。ただちに日赤に電話、患者は自分で状況これこれと説明すると「ただちに救急車で」。すぐ救急車を依頼し日赤の救急外来に飛び込んだのです。

すぐに心電図再検、緊急胸部造影CT、採血が行われ、その結果「急性心筋梗塞かどうかの診断をするには心臓カテーテルをやる必要があるが少なくとも一分一秒を争うわけでは無い」となり、危険な不整脈の患者さんの治療が優先されたわけです。真に合理的な判断です。

その間4時間ほど、私は日赤の救急外来で色々なモニターを付けられて待機していました。急患が次々搬送されてきます。たくさんモニターがついてベッドで待機していたのですから正確に時間を計って数えていたわけではありませんが、「絶え間なく」急患が搬送されてきます。敢えて時間的表現を使うなら10分から15分おきに、と言う感覚です。私が寝ているベッドの右側に高齢の誤嚥性肺炎とおぼしき患者が搬入されてきたと思うと左には交通事故で骨折した患者が運び込まれる。これが4時間ばかりの間ひっきりなしでした。

途中で様子を見に来てくれた救急のドクターに「いつも当院からの救急搬送でお世話になっていますが、しかしこれは凄まじいですね」と申し上げたらドクターがちょっと苦笑いしながらも大きく頷いて「いや、先生からの紹介はいつも初動検査をきちんとして戴いてデータを付けて送っていただくので当方は助かっています」と言って下さる。そりゃあれだけひっきりなしに急患が搬送されるのですから最低限のデータが有るか無いかは当然違うのでしょう。しかしあの状況で、医師も看護師もそれぞれの患者に対して居丈高にもならず、きちんと落ち着いて病状を説明している。私は思わず目頭が熱くなりました。

これはものすごいことです。私はかつて坂総合病院、総合南東北病院という二つの救急病院で勤務したことがありますが、その私が覧ても石巻日赤ER(Emergency Room、救急室)は「ただ事では無い」という状況です。普通あの状況では、医師も看護師も患者には有無を言わせぬ切り口上で話を進めていきます。緊急を要する患者だけを相手にしているのですから、「患者様」なんて話にはなりません。それは日赤ERも同じですが、私が驚いたのはあれだけ立て続けに搬送されてくる救急患者に医師も看護師も極めて落ち着いた態度で接していたことでした。

これは超絶技巧なのです。「火事だー」と言うときに落ち着いて、しかしよどみなく素早く人々を納得させ避難させるのと同じと考えればおわかり戴けるでしょう。あれほどの救急なら「命助けるだけで充分」の筈です。それを患者に対して落ち着いて、冷静に対応するというのは、まさに超絶技巧です。

しかし心療内科をやっている私から覧れば、「日々これだけの超絶技巧を絶えずこなす医療チームが受けている精神的ストレスは如何に厳しいか」という見方にもなります。「これは、厳しい」と私は感じました。並の厳しさではありません。日赤救急外来は、一般の「限界」を遙かに超えたレベルで頑張っているのです。

石巻市のみならず、石巻広域医療圏、つまり北は登米、気仙沼、南三陸、女川、東松島まで、「これは緊急」と判断された患者は全て石巻日赤が一手に引き受けています。地元医療機関はひとまずは受けますが、「手に負えぬ」と判断したらすぐ日赤に転送するしかないのです。石巻日赤が完全満床という連絡が入ったのはもう一年以上前です。それ以来、ずっと完全満床なのです。完全満床というのは退院患者がいないというのではありません。昨日一日で十数人を退院させたが、そのベットは昨日のうちに全て埋まって結局完全満床が続いているというのです。

想像を絶する厳しさと言って良いです。あれで後どれくらい日赤が今の体制を維持出来るのか・・・。坂総合病院や総合南東北病院と言えば宮城県の代表的救急病院ですが、そこを経験した私ですら、この厳しさには息をのみました。

噂に聞くのと自分が患者として現場で経験するのは大違いです。石巻日赤の救急が崩壊すればそれはすなわち石巻広域医療圏そのものが崩壊するのですが・・・ERの片隅で状況を見ているうちに、私は自分の胸痛などはどこかに忘れ、「これは何処まで維持出来るのだろうか」とそのことで頭がいっぱいになってしまったのでした。

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