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呼ばれるところへ

あの花が咲いたのは
そこに種子が落ちたからで
いつかまた枯れたあとに種子になって続いてゆく

光るとき/羊文学



有耶無耶、かくかくしかじかありまして、長かったトンネルを春を迎える前辺りに抜けまして。

この4月より進学して、だいすきな街、京都で過ごしております。


一応少しずつ階段を登っていたつもりではいたけれど、人間らしい生活に戻るのにはとても体力を使っていて、毎日お家に帰ってくる頃にはヘトヘトになるけどそこそこ慣れてきて、そこそこ生活を回す余力がでてきたこの頃です。

今選ばなければきっと多分後悔してしまうと思って思い切って選んだ道。呼ばれていたんだなって思うほどにスルスルと自分の中に落ちてくる出来事がある。

新しく同期、先輩、後輩ができた。人で選んだわけじゃないのに生い立ちがちょっと似てたり趣味思考が似てたりする。

研究室を変えてこの春からお世話になることになった先生は、「こういうこと知りたかったんだよ」って思うことばっかり教えてくれる。久しぶりの講義の内容が面白くて、(おもしろい……!✨)と思っていたら、同期が「いや〜この講義めっちゃおもしろいわ!」ってゆっててすっっごくうれしかった。


あ〜〜、わたし、此処に呼ばれてたんだなって感じる毎日です。
それと同時に、ちょうど一年前ごろの自分はどうも完璧主義が過ぎていたことにも気がついた。

全然適当なところもあるし、雑なところもあるし、と思っていたけれども今振り返るとだいぶと自分の基準が高かった。全部を自分の理想に持っていくのは無理だよ、と一年ごろ前の自分にいいたい。自分1人だけの力で生きたいなんて、烏滸がましいにも程がある。

大丈夫になってきているのも、呼ばれて連れてこられる場所があるのも、自分だけの力で掴んでいるわけじゃないんだ。

進学する前は人生の第一次清算のような時間を過ごし、自分のルーツを辿った。自分のルーツを辿ると、自分の思考や行動の理由を少し知れたような気がした。ご先祖様、ありがとう。


まだまだ知りたいことが沢山ある。やりたいことがある。
自分の呼吸に耳を傾けて、自分のスピードでやっていこう。

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