夏コミ(C104)レポート ~憧れの焼き肉打ち上げ編~

 夏コミの二日目が終わった後、友達と二人で行った打ち上げを日記にしました。それだけ。でも楽しく書けた。
 登場人物:全員オタク

 コミケ後の焼き肉にずっと憧れがあった。
 実は僕は「夏コミに」「個人サークルとして」「新刊ありで」参加するのは今回が初めてであった。だから、無事にイベントを終えたら是非とも焼き肉屋で打ち上げをしたかった。
 少しイメージが古いかもしれないけれど、漫画サークルの人とかが同人イベント後に、赤身を敷き詰めた網とともに皆でビールジョッキを掲げている写真は僕にとって夏の風物詩で、「表現を頑張るオタク」の一つのイデアだった。「オタクはおしゃれなお店とか知らないから打ち上げと言われると焼き肉しか思いつかないんだろ」という揶揄も含めて、そういう体験を自分も通過することで「よりオタクらしいオタクになりたい!」っていう願望があった。流石に今の年齢になるとなにがなんでもやりたいというほどではないのだけれど、学生時代の自分はそういうのに憧れていたのだから、この遅刻した青春の夢を叶えてやりたかった。
「先に言えよ」
 東京・錦糸町駅。
『リコリス・リコイル』の聖地。
 電車の到着メロディが流れる中で友達のOさんが僕に言った。
 国際展示場からりんかい線、山手線と乗り換えて、秋葉原から更に総武線で数駅の下町。コミケの熱をクールダウンさせるのによい移動時間だった。三連休最終日の東京はどこも混んでいて、改札前にいる僕たちの脇を老若男女が忙しなく通り過ぎていく。相変わらずまとわりつく夏の暑さが鬱陶しい。ここから適当に話をしながら、もう一個隣駅の亀戸まで移動して焼き肉屋を探す予定だった。
 DMで僕が伝えていたのは「焼き肉が食べたいです」の一言のみ。それでOさんが比較的詳しい錦糸町やら亀戸やらの焼き肉屋を巡るという運びになったのである。
「それだとなんか、違うだろ。このシチュエーションは。そういう理由で焼き肉が食べたいんだったらもっと相応しい店探してたよ」
 中年男性二人が歩くどこか懐かしい町並みの向こうに、日本で一番高い塔がそびえている。
「いや、だって美味い肉が食えるなら僕はそれで十分で」
「亀戸って場末の狭いホルモン屋とかが並ぶところだからな? 絵師が食ってる肉はもっとちゃんとしてるところじゃん。あと女もいるだろ」
「まあ確かにうちのサークルにコス売り子さんはいませんでしたが……え、サークルの焼き肉ツイートってそんなインスタの誇示バトルみたいな意味があったんですか?」
「あれは売り上げで肉を食えてるってメッセージだろうが(※諸説あります)」
「売り上げ……!? こちとら字書きサークルですよ!?」
「だから字書きが焼き肉ツイートしてるのあんま見ねえだろ?」
 ショックだった。あの綺麗な絵を描く人もあのデザイン力ある漫画家もあのちょっとえっちな神絵師も、単にイベント後の経済的、社会的豊かさを消費するために焼き肉の写真撮影をしていたと?
 夢が遠くなってしまった。このこじらせたオタクの青春迷宮の出口はまだまだ先にあるのか? 山ほど本を売って、男女の創作仲間を作って乾杯をしない限りは夢は達成されたことにならないと?
 呆然と遠くを見るとその視界をスカイツリーが遮る。僕の夢の果てしなさをあざ笑われている気がした。
「頑張って創作に打ち込んだ末の肉と酒が一番美味しいんじゃないんですか!? なんですかその資本主義的な帰着は!」
「いやそりゃあの人達だって頑張ってあの位置にいるんだろ」
「分かりました。これはもう来年の夏に頑張るしかないです。頑張って売りまくってちやほやされながら皆を引き連れて焼き肉パーティーだ!」
「別に今回も頑張ってるんだからそれはよくね?」
「あ、いえ、今回の本は再録とかも含まれていますし職場環境の変化でバタバタしていたので100%頑張ったかと言われると……」
 Oさんに苦笑を促し続けながら亀戸に到着した。亀戸駅の焼き肉屋の数は確かに凄い。狭い路地裏に並ぶ飲食店の三軒に一軒は煙を吐いている。その割に普通の居酒屋やファミレスも密集しており、この駅だけでどうしてこんなに飲食店が並んでいるのかが不思議だ。需要と供給が崩れている。
 入った店は20席程度のこじんまりした個人経営の店で、蓋が開いて中に荷物を入れられるドラム缶型の椅子に向かい合って座った。店の名前を冠したカルビとホルモンセットを七輪の上に並べながら、ブルアカの現状とかを話し、これから書くものの話をした。こういうことをする仲間達も減ったな、なんて感傷に浸ったりもしたが、少なくとも肉は美味しかった。自分がやりたいことを今この瞬間は出来ているという実感があったし、今後もそういうことができたらいいなと思う。
「いやあでもコミケ後に行く焼き肉屋じゃねえよ」
 Oさんの美意識はやはり納得がいっていない。今度リベンジをするかも知れない。
「いいさ、今度は俺の地元を牛耳ってる焼き肉屋にでも行こうぜ」
 お互いラブライブとの距離感は倦怠期のそれに近く、嵌まっているソシャゲも被りがないので、ネット友達らしく自然と会話は減る。自分が今怪談を書こうとしている話や、お互い知っているバンドのボーカルが大麻所持で捕まった話などを二次会会場で餃子つまみながら交わしたりしたが、それも尽きて店を出る。
 Oさんと知り合ったのは多分5年くらい前だから、もう沈黙が気まずいような間柄でもないのだが、やはりこうなると自分から振るのは同人活動の話題だ。
「同人の友達ってどうやって作るもんでしたっけ」
 焼き肉と餃子を食べ終えた後、錦糸町に戻って公園のテーブルで缶ビールを開けた。少し遠くでアスレチック遊具の周りを走りながら奇声を上げる少年と、花火を振り回す家族連れがいた。
「またその話題?」
 ふっとOさんが煙を吐く。喫煙所に入る度に彼について行くから彼が吸う煙草の匂いを覚えてしまった。
 この話題になると、いつもネットで知り合った友人らしき存在・ゆかひれさんを思い出す。らしき存在、というのは、彼は友達を作りたいと嘆く割に時たまディスコードで雑談する僕のことを友達だと言ってくれないのだ。
「ゆかひれさんと同じで僕も友達作るの苦手なんですよね」
 テーブルの木目の上は緩い凹凸になっていて、そこにクラフトビールの缶の底をあてがって擦るとラテン楽器みたいな音がして面白い。
「本当に友達を作りたいのなら俺の中でもう結論は出てんのよ。仲良くなりたい人の本を買う。そんで感想を呟いてやる。俺も好きな絵師さんに相互でもねえのにずっと絡み続けて、三年後くらいにフォロー返してもらったよ」
「感想……感想って書くの難しいじゃないですか。浅い感想を書いたら怒られそうで」
「そう思ってるのは字書きだけなんだって。自分が好きな誰かの作品に対して別の誰かが語ってるのを見る分には『浅い』って思うことはあるかも知れねえけど、自分に向けられた感想はどんなものでももらったら嬉しいもんじゃん。自作への感想を受け取って『浅い』とか思ったことあるか?」
「……ないです」
「だろ」
「でも『深い』はあります」
 Oさんは灰を捨ててため息をつく。
「昔、ゆかひれさんがたった一言僕の作品について呟いたことがあって、それこそが僕の求めていた感想の全てであって」
「その話前も聞いたよ。深さがあるにしても、浅い感想に対して反発心持たないなら語った方がいいのは間違いない。語らないってことは存在しないのと同じじゃん。悪い感想なんてないんだからどんどん出してきゃいいでしょ」
「悪い感想はありますよ。感想を書き慣れていない人間が誇張した賛辞を振りまいたり意図されていない伏線を勝手に見出したりその活動を皆にやるように推進するのがそれです。それは社会を悪くします」
「言いたいことは分かっけど、だからコゴリオンさんは感想を気軽に言う風潮に反対してなんも呟かないってわけ?」
「社会を自分の信じる方向に動かすためなら、自分に友達ができないことくらい我慢できますよ」
「じゃあしょうがねえな」
 とかそういう混ぜ返しで議論は終わる。もちろん僕自身はこの議論を通してちゃんと「感想を伝えていこう」と前向きになってはいる。ただ完全な納得が存在し得ないというだけで、友達は欲しいのだ。
 お互い沈黙をごまかすように、足下を走り回るネズミに視線をやった。錦糸町はほどよく汚れていて居心地が良い。
「来年は理想の焼き肉を目指します。友達作って、中身もいいもん書いて、ちやほやされたーい」
「その本音が聞けて良かったよ」
 夏もピークは過ぎていて、ぬるいながらも友好的に感じられる風が時々駆け抜けていった。コミケが終わった後の夜だ、と思った。暗闇に浮かぶいろんなものが妙に鮮明に、そして意味ありげに輝いて見える夜。蛍光灯やアスファルトの薄汚れ具合が愛おしく感じられる夜。
 初めてコミックマーケットに行った時のことは今でも覚えている。高校生だった僕は大阪に住む友達二人と一緒に夏コミに参戦した。まだリストバンドも何もなく、徹夜組がわんさかいた時代。朝6時とは思えない混み具合のりんかい線でぺしゃんこにされる恐怖を味わったし、入場するまでの数時間、肌を焼く太陽の下でなんとか気を紛らわせようと逆転裁判をプレイしていた。僕は東方の本を、友人の一人はらきすたの本を探しに、そしてもう一人の友人はなににも興味がなくオタクですらなく、ただコミケという催事がどんなものか見たいというだけの動機で五時起きで足を運んだ。こいつが一番狂っていた。
 その年販売していた東方風神録は十限という耳を疑う采配をしていたのもあって列の途中で完売になり、僕に残されたのは秘封倶楽部の小説同人誌と日に焼けた肌だけだった。体力を消耗しすぎて友達と帰りに何を食べたのかも覚えておらず、一人になった帰りの夜道は寝ながら歩いた。朦朧とする意識の中で、薄ら満足げな笑みを浮かべていたのが自分でも分かった。
「俺が初めて行ったのは冬コミだったな。Fate/Zeroが発表になった年に型月がブックレットを出すって言うんで、ロクに調べもせずに企業ブースを目指したよ。駅についたのは10時くらいだったか? 想像つくと思うが最悪の行列だった。ホールの中をつづら折りにしても全然足りなくて外で何時間も並ぶことになった。寒くて寒くてガタガタ震えてんのに、隣の広場では痴女みてえな恰好をしてるコスプレイヤーがいて、死ぬんじゃねえかと心配になってたよ」
 誰にでもそういう思い出がある。コミケというのはそういう場所なのだ。
 だから好きだ。
 有明の逆三角形を拝みに行くと、今でも新鮮に興奮できるし、議論したり語り合いたい言葉が自然と溢れてくる。
 僕はただオタクとして管を巻きたいだけだ。永遠に。
 僕はまだ子供だから、オタクだから、いまだに過去に囚われているし、青春というものに到達点があると思っている。老いても夢を見ている。
 情けねえなと思う一方で、その万能感に酩酊する僕はいろんなものを作りたいと、書きたいと思っている。
 そして全ての同好の士によって作られたものを精一杯愛したいと思う。感想を書くのは、相変わらず緊張するけれど。
 ほどよい時間になって僕たちは錦糸町を後にした。Oさんと別れた後、最寄り駅からの家路ではバスを使わずになんとなく歩いて帰った。夜を吸い込んで得られる万能感、それを一番発散できる自分がオタクとしての自分なのだ。
 僕は精一杯呼吸をする。来年までこの肺が腐らないように。


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