4-お勧めの本19

【本】フレッド・S・ケラー『教育者の成長 ―フレッド・ケラー自叙伝』:個別化教授システム (PSI) の誕生

木曜日はお勧めの本を紹介しています。

今回は、フレッド・S・ケラー『教育者の成長 ―フレッド・ケラー自叙伝』(二瓶社, 2019)を取り上げます。


■要約

個別化教授システム(PSI, Personalized System of Instruction)を考案し、実践したフレッド・ケラーの自叙伝です。誰にでも勧めるという本ではありませんけれども、ケラーが大学教育の方法に悩み、工夫し、最終的にPSIを実践するところまでをこの本で読めることはある種感動的な体験です。

■ポイント

PSIは、行動分析学をベースとした大学授業の革命的な方法です。その萌芽は第16章「講義のない2つのコース」で見られます。個別に自分のペースで学習を進めていくということです。

「1学期間に行う10個の実験が指示された。ひとつの実験が無事完了し、講師にタイプしたレポートを提出してから次の実験に移らなければならなかった。時には講師が学生の元に行き、手続きやデータをチェックしたり遭遇した問題点を話し合ったりしたが、たいていは学生ひとりで実験を進めていった」

しかし、この方法はリスクもあります。

「しかし、このような自由度は多くの学部生にとって、また一部の大学院生にとって危険でもある。依存、ごまかし、先延ばしという長年に及ぶ習慣は、自発的な探究心や持続的な努力の障害にたやすくなり得る」

そして第22章「万能薬」でPSIの全貌が描かれます。PSIのポイントは以下のようです。

・コースは単元に細分化され、それを学生自身のペースで進める。
・各単元で学生がしなければならない課題を明確にして渡し、それをマスターしなければ次の単元に進めない。
・マスターしたかどうかのテストは助手学生が行い、学生は何度でも受けることができる。
・教師が必要と感じた時だけ、講義やデモンストレーションを行う。それに対しての学生の出席は任意である。
・教師は教室で常に待機しておく。
・どれほど時間がかかろうが、何度テストに落ちようが、基準を満たせば成績としてAをつける。

1965年アメリカ心理学会の総会で、ケラーはPSIについてこのようにまとめました。

「我々の手法の適用範囲に関しては、おのずと限界が明らかになってくるだろうが、現在の短期間の試行からわかったのは大学レベル以上であれ以下であれ、学生はうまくやっていくだろうということである。今後の発展に関して述べるのは時期尚早と思われる。しかし、もし老若男女、学力レベル、国籍を問わず、すべての学生に対する教育が無駄で、効果がなく、嫌悪感を持たれるものでなくなる日のことを夢見始め、そして世界中の教師が尊敬と愛情に値するようになった時には、皆さんは私を赦してくれるに違いない」

半世紀以上が経った今、ケラーは現在の教育をどう見るでしょうか。

PSIについての実践と論考については次のような論文が公開されています。参考にしていただけるとうれしいです。

向後 千春 (1999) 個別化教授システム(PSI)の大学授業への適用 コンピュータ&エデュケーション 7 巻 117-122
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konpyutariyoukyouiku/7/0/7_117/_pdf/-char/ja

向後 千春 (2003) 大学におけるWebべース個別化教授システム(PSl)による授業の実践 教育心理学年報 42 巻 182-191
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arepj1962/42/0/42_182/_pdf/-char/ja

森田 裕介, Jean KENNE, 西原 明法, 中山 実, Billy V. KOEN (2006) 国際的Webベース個別教授システム(PSI)によるプログラミング学習の実践 日本教育工学会論文誌 30 巻 Suppl. 号 37-40
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjet/30/Suppl./30_KJ00004964200/_pdf/-char/ja

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