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(060) どんな人が博士号を取るか(向後ゼミのケース)

メールマガジンサークルで書いた通り、向後ゼミから6人目の博士号取得者を出すことができました。論文を投稿し、中間審査、公開審査、そして会議での最終投票を経て、博士号を取得したことに対して心から祝福したいです。

2011年に一人目の博士を出してから数えると10年間で6人という人数です。博士課程に入ってくる人数はこれよりもはるかに多いので、博士を取るのは入学者の2割前後です。私としてはこの割合を少しでも上げたいとは思っています。そのことについて書いてみました。

・どんな人が博士号を取ってきたか:3つのポイント

どんな人が博士号を取ってきたかということについては、YouTubeの動画で話したことがあります。この動画は1000以上の視聴数となっています。他の私の動画は100前後ですので、これは異例に多い視聴数です。それだけ多くの人に関心があったのでしょう。

あくまでも私個人の観察ということで言えば、3つのポイントがありました。

1つ目は「どうしても必要」という人が取ったということです。つまり、「もし博士が取れればいいな」くらいの気持ちの人は取れていません。そうではなく、自分のこれからのキャリアのためには博士号が絶対に必要だと確信している人が取っています。それはつまり、今の仕事はどうあれ、自分は研究者としてやっていくんだということを決心しているということです。

2つ目は、「最短で取る」という人が取ったということ。博士課程は最長で6年間在籍できます。さらに間に累計3年間休学ができます。ですので、長くいようと思えば休学を入れて9年間いることができます。さらに、以上を全部使って「満期退学」をしたあとも、その日から3年以内であれば、博士論文を提出することができます。

もろちん、できるだけ長く博士課程にいようと思う人はいません。しかし、「まだ何年ある」と数えるようになると、結果としてなかなか研究が進まないということなのです。最短の3年間で取ると決心した人が博士を取っています。

3つ目は、「言い訳」をしない人が取ったということです。私のゼミは特に社会人が多いので、博士課程で研究をするということは大変なことです。コースワーク(科目)がないということも忙しい境遇に対してあまりなぐさめにはなりません。しかし、自分の研究を着実に進めていく人たちは、この境遇について「忙しいから」「時間が取れないから」という言い訳をすることがありません。ただ黙々と進めていくのです。

・勢いは必要だけど、勢いだけでも取れないということ

以上の3点を見ると、「何がなんでも博士をとるんだ」という勢い、あるいは決意のようなものが必要だとわかります。もちろん勢いは必要です。しかし、それだけでも取れないということなのです。

「博士号を勢いで取るのは無理なことです」という記事で次のように書きました。

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考え方として大切なのは、博士号はゴールではないということです。ゴールではなくて、通過点です。なんの通過点かというと、この先も研究を続けていくことの通過点です。博士号は独立した研究者のライセンスです。研究を続けるためのライセンスなのです。
博士号を取ることを最終目標だと考えている人は、おそらくいつまでたっても取れないでしょう。博士論文には、その人のこれまでの蓄積と、これからの展望が必ず明確に現れるからです。「私の研究はこれで終わりです。ここまでの成果で博士号をください」と訴えてくる博士論文には審査員からツッコミがくるでしょう。審査員は、長い目で見たその人独自の研究の流れを知りたいからです。研究者として、どこからきて、どこを目指しているのか、それを博士論文から知りたいのです。
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ここで言いたいのは、博士号は研究を続けていくための通過点であるということです。博士はゴールというよりも、独立した研究者としてのスタート地点なのです。ですから、博士論文の審査員は、博士論文としてまとめた研究からどこに向かうのかということをよく聞きます。その質問が博士論文を評価するのに重要なことを聞いているからです。

・1本目の論文がうまくいき、2本目で展開できること

以上書いたことを振り返ると、博士をとるのは大変なことがわかります。一方で、その大変なことをできるだけスムーズに進められるように指導していくのが、私自身の仕事であることも明らかです。

21世紀に入って、博士のハードルが高すぎるのは研究者育成という視点から見てもよくありません。アメリカの大学の博士論文を読むことがあります。ワントピックで書かれていて、ボリュームもそれほど分厚くない博士論文を見ると、日本の博士論文のハードルが高すぎるのではないかと思うこともあります。

ですので、できるだけスムーズに博士論文をまとめられるように研究指導を行っていくことが私の使命です。ポイントは2つあります。

1つ目は、1本目の論文投稿がうまくいくことです。1本目の論文がうまく採択されると、本人にも自信になりますし、動機づけも高まります。しかし、1本目が採択されるか返戻になるかは半々くらいの確率です。返戻を受けると、どうしても自分の研究に迷いが出ます。自信を失います。立ち直りの時間がかかります。それで次のチャレンジが遅くなってしまいます。ですので、1本目の採択確率を上げるように指導することが重要です。

2つ目は、1本目が採択されたあとの2本目の論文です。2本目の論文は、1本目の成功体験によって、どうしても似通った研究になりがちです。いわゆる「銅鉄研究」(銅でやった研究を鉄でやってみた)のパターンです。そうならないように、2本目の研究は一本目をコアとして、どのように展開するかということを念頭に置いて指導しなければなりません。

以上の2つがクリアできれば、博士論文への道が見えてきます。それ以外にも、ゼミ参加で何に気をつけるか、学会・研究会発表をどうするか、など、いろいろな修行的側面があります。しかし、上の2つが中心課題となり、それをゴールとして様々な練習や修行が配置されているということです。

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