2019まとめ

【本】2019年好評だった記事:杉浦真由美『ナースのための教える技術』/アドラー『生きる意味』/パーマー、ワイブラウ編著『コーチング心理学ハンドブック』

木曜日はお勧めの本を紹介しています。2019年の最終週は、この年に書いた記事をふりかえって、「いいね」がよくついた記事を全文再録しています。

杉浦真由美『ナースのための教える技術』:ナースによるナースのための教え方

■要約

教えることは決して難しくない。誰でも「教え上手」になることができる。インストラクショナルデザインの原則を看護現場の具体的な事例を使って無理なく学ぶことのできる本。

■ポイント

この本は私のゼミで博士号を取得した杉浦真由美さん(札幌医科大学)の最初の本です。杉浦さんはすでに雑誌で連載記事を書いていましたし、同じ出版社が提供しているキャンディリンクというeラーニング教材の制作もしていましたので、初めての本でありながら、とても読みやすく、完成度の高い本になりました。

インストラクショナルデザインの本ですから、この本の内容もよくデザインされています。まず、マンガによる短いイントロから始まります。マンガの強みは、解決すべき問題とそれを取り巻く状況をすばやくイメージで伝えることができる点です。このマンガをさっと読むことで何が問題なのか、そしてそれに取り組むための動機づけがされます。

章の文章もインストラクショナルデザインの原理や理論を伝えながら、常に具体例を挙げることで読者が具体的に使えるように書かれています。そして、ところどころに「ワークのレシピ」が差し込まれています。これは、理論として扱った内容を、実際に手足や頭を使ってやってみようというものです。1人でもグループでも、このワークをやってみると抽象的な理論が具体的にどういうことなのかを実感することができます。その結果として内容が身につき、応用できるのです。

章末には「確認テスト」がつけられています。これは成績をつけるものではなくて、自分が分かっているのかどうかを自分で確認するためのものです。成績ではないので気楽にできますし、あやふやな知識を確実なものにすることができます。こうしたところがよく行き届いた本です。

看護職に限らず、対人援助に関わる人たちに広く読んで欲しいと願っています。

アルフレッド・アドラー『生きる意味』:アドラーの原著の読みやすい新訳

■要約

「個人を正しく考察するときには、必ず3つの要素をなんらかの形で考慮し、劣等感、克服を目指す努力、共同体感覚がどんな状態なのか突き止める必要があります」

■ポイント

アドラー自身が書いたアドラー心理学の本は岸見一郎さんの長い努力によってかなり翻訳出版されています。しかし正直なところかなり読みにくいので、たくさんの解説本が出されることになりました。私自身も何冊か出版しており、広く読まれています。

それでもアドラー自身の言葉でアドラー心理学を語っているのを読むのは意味があります。そうしたところに『生きる意味 (Der Sinn des Lebens)』の新訳が出版されました。同じ内容のものは、すでに岸見一郎訳『生きる意味を求めて』(アルテ, 2007)として出版されています。比較して読むと格段にこの本の方が読みやすいことがわかるでしょう。日本語として読みやすいと同時にアドラーが伝えたかったことがダイレクトに伝わってくる感じがします。ああ、そういうことだったのか、と。

この本の中では、アドラー心理学の中心的なアイデアである、劣等感、克服する努力、共同体感覚、ライフスタイル、人生の課題といったことがわかりやすい言葉で語られています。

アドラー自身の本としては、同じようにわかりやすい言葉で訳された桜田直美訳『生きるために大切なこと (The Science of Living) 』もお勧めです。

パーマー、ワイブラウ編著『コーチング心理学ハンドブック』:コーチング心理学の全体像をつかむ

■要約

コーチング心理学について概観できるハンドブック。コーチングが、カウンセリングのように広まっていくための基礎となる本だろう。

コーチング心理学全体としては、まだまだ混沌としているし、心理療法・カウンセリングの世界と同様に、さまざまな流派が並立している。しかし、この本を通読すれば、混沌とした世界もある程度すっきりと見渡すことができるだろう。

プロの仕事としてコーチをやっていこうとする人は、心理学をきちんと学んでおく必要があるということは明白だ。そのためにもこの本は役立つだろう。

■ポイント

コーチング心理学とは
・大人および子どもの学習について、
・確立された心理学研究法に基礎をおくコーチングモデルの支援を受けて、
・個人生活での安心や満足、
・仕事の場での活動能力を高めることをめざす。

歴史
・1920年代 Griffith:スポーツ心理学の父
・コーチング心理学の領域:発達的、パーソナリティ、社会的、学習と訓練、心理測定法
・職場コーチング、エグゼクティブコーチング、ライフコーチング、パーソナルコーチング
・これからの課題:スポーツ心理学とコーチング心理学の統合、パフォーマンス心理学とポジティブ心理学の統合

プロフェッショナルコーチングの現状
・ライフコーチングと職場コーチングの担い手:コンサルタント(40%)、マネジャ(30%)、管理職(30%)、教員(15%)、セールスマン(15%)
・心理学を学んだ人は、4.8%にすぎない。

包括的コーチング
・理論と自分の世界観の統合
・心的問題を扱うことに熟達する
・コーチング関係は、コンサルテーションやカウンセリングの階層的関係とは違う

コーチング心理学者が使うアプローチ
・解決焦点化(67.9%)
・認知行動的(60.6%)
・目標焦点化(45.9%)
・行動的(45.9%)
・認知的(42.2%)
・人間中心的(39.4%)
・NLP(33%)

コーチングの6段階
・1 契約
・2 関係の構築
・3 アセスメント
・4 フィードバック
・5 目標設定
・6 実施と評価

カウンセリング-心理療法とコーチングの違い
・初期の動機づけ:心理的問題、機能不全を取り除く:生活の質を高め、活動能力を改善する
・介入の状況:生活のいずれか:目標により明確
・変化への期待:きわめて不満足からほどほどの満足:ほどほどの満足からよりいっそうの満足

コーチングプログラムの分類
・スキルコーチング:特定の行動
・パフォーマンスコーチング:能力改善
・発達コーチング:個人の発達、専門的能力の開発

章をあてて各アプローチを紹介
・行動コーチング
・認知行動コーチング
・実存主義アプローチ
・ゲシュタルトコーチング
・動機づけ面接法
・ナラティブコーチング
・NLPコーチング
・人間中心主義コーチング
・パーソナルコンストラクト
・精神力動コーチング
・解決焦点化コーチング
★この中で、認知行動コーチングと解決焦点化コーチングにアドラーの言及あり。

以下は2019年にとりあげた本の一覧です。

1月
・クーゼス、ポズナー『リーダーシップ・チャレンジ』:リーダーシップ育成のテキスト
・糸井重里『インターネット的』:インターネットというお皿に何を盛るか
・アルフレッド・アドラー『生きる意味』:アドラーの原著の読みやすい新訳
・杉浦真由美『ナースのための教える技術』:ナースによるナースのための教え方

2月
・パーマー、ワイブラウ編著『コーチング心理学ハンドブック』:コーチング心理学の全体像をつかむ
・ティエン・ツォ『サブスクリプション』:月額いくらではなく顧客とダイレクトに繋がること
・ロベルト・ベルガンティ『デザイン・ドリブン・イノベーション』:新しい意味の生成と提案こそが破壊的

3月
・ウェイン・ブースほか『リサーチの技法』:研究レポート・論文を書くための考え方を訓練する
・アダム・カヘン『敵とのコラボレーション』:伝統的コラボレーションからストレッチ・コラボレーションへ
・クレイトン・クリステンセン他『ジョブ理論』:人々が片づけたいジョブとその状況を見つけだしてそれにフォーカスする

4月
・中村文子、ボブ・パイク『研修アクティビティハンドブック』:研修での活動のレパートリーを広げる
・稲垣忠編著『教育の方法と技術 主体的・対話的で深い学びをつくるインストラクショナルデザイン』:教職を目指す学生だけでなくすべての現職教員にお勧め
・向後千春『伝わる文章を書く技術』:200字×5段落で確実に伝わる文章を作る
・向後千春・冨永敦子『統計学がわかる』『統計学がわかる【回帰分析・因子分析編】』『身につく入門統計学』の三部作

5月
・マーク・マンソン『その「決断」がすべてを解決する』:いくつもの点でアドラー心理学に合致する
・崎谷実穂『ネットの高校、はじめました』:広域通信制「N高校」の実際

6月
・Daniel T. Willingham『教師の勝算』:教育の認知心理学への適切な揺り戻し
・デイジー・クリストドゥールー『7つの神話との決別』:民主的で平等な社会を作るための事実学習
・ジェリー・Z・ミュラー『測りすぎ』:測定基準を設け評価することによる弊害と教訓
・ディンクマイヤー Jr., カールソン, ミシェル『学校コンサルテーションのすすめ方』:アドラー心理学に基づく子ども・親・教員への支援

7月
・スティーヴン・C・ロウ『ウィリアム・ジェイムズ入門』:現代にも生きるジェイムズの考えをコンパクトに知る
・森田晃子『ビジネスインストラクショナルデザイン』:ビジネスに即した研修設計

8月
・勝間和代・久保明彦・和田裕美『人生100年時代の稼ぎ方』:稼ぐということに焦点化した生き方論
・佐々木繁範『思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書』:スピーチをしたくなる本
・工藤勇一『学校の「当たり前」をやめた。』:学校の慣習を本来の目的から見直し改革する
・ヤン、ミリレン、ブラゲン『アドラー心理学を生きる 勇気のハンドブック』:アドラー心理学の「勇気」を実践する
・山口周『ニュータイプの時代』:世界と自分の脚本を書き直す

9月
・秋田喜代美、藤江康彦編著『これからの質的研究法』:学校をフィールドとした15の実践研究のバリエーション
・アラン・S・ミラー、サトシ・カナザワ『進化心理学から考えるホモサピエンス』:進化心理学の全体像を知る

10月
・荒木優太(編著)『在野研究ビギナーズ』:在野研究者たちの一人一人のあり方
・アンドレアス・シュライヒャー『教育のワールドクラス』:PISAとPIAACのエビデンスからの教育政策への示唆

11月
・クリスティーン・ポラス『「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』:無礼の悪影響と礼節の大切さ
・フレッド・S・ケラー『教育者の成長 ―フレッド・ケラー自叙伝』:個別化教授システム (PSI) の誕生
・苅谷剛彦・石澤麻子『教え学ぶ技術 』:個別指導チュートリアルの実際

12月
・森口佑介『自分をコントロールする力』:非認知スキルの中の実行機能の役割と育成法
・ジュリア・ショウ『悪について誰もが知るべき10の事実』:普通の人と邪悪な人の曖昧な境界


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