第二章 通俗的な道徳哲学から道徳形而上学への移り行きⅣ 112-128頁

 およそ理性的認識は、各人が常に自分の格律により、自分自身を普遍的に立法するものと見なさねばならない。そしてこの観点から自分の行為を判定すべきであり、このような理性的存在者の概念は、この概念と緊密に関連する概念すなわち〔目的の国〕という概念に到るのである。

 私は国というものを、各々の相異なる理性的存在者が共通の法則によって体系的に結合された存在と解する。この場合に法則は、その普遍的妥当性を建前として目的を規定するものであるから、各々の理性的存在者の個人的差異と目的の含む多種多様な内容とを度外視すると、一切の目的を体系的に結合した全体、すなわち上述したいくつかの原理に従うことにより可能かであるような〔目的の国〕というものが考えられるのである。

 それというのも理性的存在者は自分自身ならび他の一切の理性的存在者を担に〔手段〕として扱うべきでなく、いついかなる場合でも同時に〔目的自体〕として扱うべきであるという法則に服従しているからであり、すると共通の客観的法則による理性的存在者たちの体系的綜合、すなわち一個の国が成立する。

 この国でこれら客観的法則の意図するところは、理性的存在者たち相互の間に〔目的と手段〕という関係を設定するにあり、それだからこのような国は、もちろん一個の理想にすぎないが〔目的の国〕と呼ばれてよい。

 目的の国は意志の自由によって可能となる。この国において理性的存在者は、この国の成員としてにせよ或いは元首としてにせよ、自分自身をいついかなる時にも立法者と見なさねばならない。

 道徳性の本義は目的の国を可能ならしめる唯一の要件であるところの立法との関係にあり、かかる意志の原理は次のようなものになる、ー格律が普遍的法則であるということと両立し得るような格律よりほかの格律に従い行動してはならない。するとそこで格律が本来の性質(主観的原理)にかんがみて普遍的に立法する者として理性的存在者の客観的原理とどうしても一致しない場合には、この原理に従う行為の必要性は実践的強制すなわち〔義務〕と呼ばれる。義務は目的の国の元首には適用されないが、しかしこの国の各成員には例外なく課せられるのである。

 このような客観的原理に従い行為せねばならないという義務は、断じて感情、衝動、傾向などに依存するものではなく、もっぱら理性的存在者たちの相互関係を根拠とし、意志はかかる関係においていかなる場合も立法するものと見なされねばならない。

 理性は、理性的存在者の意志を普遍的に立法するものと見なし、かかる意志の格律をすべての理性的存在者の意志に関係させ(他の理性的存在者たちを目的自体と考え)また自分自身に対して為される一切の行為にも関係させるのである。

 しかもこのことは何か別の実践的動因や将来の利益のためではなく、理性的存在者の〔尊厳〕という理念に基づいて為されるのである。

 目的の国では一切のものは〔価値〕をもつか〔尊厳〕をもつか、二つのうちのいずれかであり、価値をもつものは何かほかの等価物で置き換えられ得るが、これに反しあらゆる価値を超えているもの、すなわち価のないもの、従って等価物を絶対に許さないものは〔尊厳〕を具有する。

 傾向と欲望は人間に通有であるが、これらに関係するところのものは〔市場価値〕をもち、また欲望を前提せずに或る種の趣味に適うものは〔感情値〕をもつ。しかし或るものが目的自体であり得るための唯一の条件をなすものは、単なる相対的価値すなわち〔価格〕をもつのではなくて内的価値すなわち〔尊厳〕を具えているのである。

 目的の国の成員たる理性的存在者はおよそ一切の自然法則に制約されることなく自由であり、ただ彼が自分自身に与えるところの普遍的法則だけに服従する。すべての価値を規定するところの立法はまさにその故に尊厳をもたねばならず、理性的存在者が尊厳に致すべき尊重の念を表現するにふさわしい語が〔尊敬〕である。

 ここにおいて我々は、最初の出発点であったところの〔善意志〕という概念をもって終わることができる。絶対に善なる意志とは、悪にあり得ない意志であり、従ってその格律は普遍的法則とされても自己矛盾に陥ることのない意志である。それだからこの原理は意志の最高の法則であり、それはー「君の格律がいついかなる場合でも同時に法則として普遍性をもち得るような格律に従い行為せよ」これは意志が決して自己矛盾することのないための唯一の条件であり、かかる命法がすなわち定言的命法なのである。

 このようにして、理性的存在者たちの世界(可想界)は目的の国として可能になる。しかもそれはこの国の成員としてのすべての人格が各々に法則を与えることによって可能となるのである。従って理性的存在者はいついかなる時にも目的の国において自分自身に課した規則に従い立法する成員であるかのように行為せねばならない。

 そうすることで目的の国は、ーこの国の全成員がひとり残らずこれらの格律を尊守するならば、ー実現するであろう。

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