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2015年大法廷判決<夫婦別姓訴訟>

判例研究を続けている。

再婚禁止期間違憲判決嫡出子差別規定違憲判決の2つの違憲判決を改めて読み進めることで学べる事は大きい。

違憲判決ではないが、大法廷で審議された判決についても、読み解きたい。

再婚禁止期間違憲判決と同日に判決がなされた夫婦別姓訴訟についてだ。

どういう訴訟か

夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称すると定める民法750条の規定(以下「本件規定」という。)は憲法13条,14条1項,24条1項及び2項等に違反すると主張し,本件規定を改廃する立法措置をとらないという立法不作為の違法を理由に,・・・国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求める事案

当事者は?

通称使用をしていたり、婚姻後の氏の選択がされていないとして婚姻届けの提出が不受理になった夫婦たちである。

憲法13条違反について

 論旨は,本件規定が,憲法上の権利として保障される人格権の一内容である「氏の変更を強制されない自由」を不当に侵害し,憲法13条に違反する旨をいうものである。

氏名とは何か?

氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものというべきである(最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)。

社会的には、個人識別機能、個人的には、人格の象徴、両面あるということ。では、人格権とまでいえるか?

 しかし,氏は,婚姻及び家族に関する法制度の一部として法律がその具体的な内容を規律しているものであるから,氏に関する上記人格権の内容も,憲法上一義的に捉えられるべきものではなく,憲法の趣旨を踏まえつつ定められる法制度をまって初めて具体的に捉えられるものである。
したがって,具体的な法制度を離れて,氏が変更されること自体を捉えて直ちに人格権を侵害し,違憲であるか否かを論ずることは相当ではない。

氏名がもつ、個人の人格としての象徴からすなわち、人格権とまでは導けないという指摘か。民法の氏に関する規定を通覧してから検討することとなる。

 そこで,民法における氏に関する規定を通覧すると,人は,出生の際に,嫡出である子については父母の氏を,嫡出でない子については母の氏を称することによって氏を取得し(民法790条),婚姻の際に,夫婦の一方は,他方の氏を称することによって氏が改められ(本件規定),離婚や婚姻の取消しの際に,婚姻によって氏を改めた者は婚姻前の氏に復する(同法767条1項,771条,749条)等と規定されている。また,養子は,縁組の際に,養親の氏を称することによって氏が改められ(同法810条),離縁や縁組の取消しによって縁組前の氏に復する(同法816条1項,808条2項)等と規定されている。
これらの規定は,氏の性質に関し,氏に,名と同様に個人の呼称としての意義があるものの,名とは切り離された存在として,夫婦及びその間の未婚の子や養親子が同一の氏を称するとすることにより,社会の構成要素である家族の呼称としての意義があるとの理解を示しているものといえる。そして,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位であるから,このように個人の呼称の一部である氏をその個人の属する集団を想起させるものとして一つに定めることにも合理性があるといえる。

氏名のうち、氏は、名とは異なる、「家族の呼称」としての機能があることに言及する。家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位であるという。その意味がどう展開していくことになるのか。

本件で問題となっているのは,婚姻という身分関係の変動を自らの意思で選択することに伴って夫婦の一方が氏を改めるという場面であって,自らの意思に関わりなく氏を改めることが強制されるというものではない。

婚姻届を出すということ、それは、自らの意思で選択しているのであり、意思に反して、改姓を強いられるものではないというご挨拶。

氏は,個人の呼称としての意義があり,名とあいまって社会的に個人を他人から識別し特定する機能を有するものであることからすれば,自らの意思のみによって自由に定めたり,又は改めたりすることを認めることは本来の性質に沿わないものであり,一定の統一された基準に従って定められ,又は改められるとすることが不自然な取扱いとはいえないところ,上記のように,氏に,名とは切り離された存在として社会の構成要素である家族の呼称としての意義があることからすれば,氏が,親子関係など一定の身分関係を反映し,婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは,その性質上予定されているといえる。

氏の個人識別機能と、家族の呼称という側面からすると、改姓は予定されるものという。

以上のような現行の法制度の下における氏の性質等に鑑みると,婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない。本件規定は,憲法13条に違反するものではない。

氏の性質からいって、氏の変更を強制されない自由は、人格権ではない。憲法13条に違反しない、という。

ここまでで、憲法13条違反の検討があっさり終わる。ただ、抜け道が用意されている。

 もっとも,上記のように,氏が,名とあいまって,個人を他人から識別し特定する機能を有するほか,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格を一体として示すものでもあることから,氏を改める者にとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,従前の氏を使用する中で形成されてきた他人から識別し特定される機能が阻害される不利益や,個人の信用,評価,名誉感情等にも影響が及ぶという不利益が生じたりすることがあることは否定できず,特に,近年,晩婚化が進み,婚姻前の氏を使用する中で社会的な地位や業績が築かれる期間が長くなっていることから,婚姻に伴い氏を改めることにより不利益を被る者が増加してきていることは容易にうかがえるところである。

個人の人格を尊重する側面、現代社会における現実的機能への影響も見過ごせないことを指摘する。

これらの婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は,憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとまではいえないものの,後記のとおり,氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益であるとはいえるのであり,憲法24条の認める立法裁量の範囲を超えるものであるか否かの検討に当たって考慮すべき事項であると考えられる。

憲法13条には違反しないけど、考慮には値する人格的利益であることを肯定し、憲法24条の立法裁量の範囲を逸脱するかどうかの検討において考慮していくことを示すものである。

つづく

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