見出し画像

おかえりモネ 菅モネの軌跡(登米編)

#俺たちの菅波

2021年9月3日、SNS上を #俺たちの菅波 が席巻した。
菅波とは2021年5月放送しているNHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』の登場人物だ。
おかえりモネは過去のブームとなったような朝ドラ作品とは違い、世間的には大きな話題にはなっていない。だが定番の朝ドラとは一線を画す繊細で丁寧な作品作りに熱狂的なファンの支持を得ている。その中でも最も支持されているのが主人公の永浦百音(通称モネ)と医師・菅波光太郎との関係だろう。
周りからは「小学生か!」と呆れられることもあるものの、2人独自の清らかでゆっくりと純粋で心に染みるように築き上げていく関係性にファンは虜になっているのだ。

その2人の軌跡をあくまで個人的分析をしてみようと思う。あくまで個人的見解で。

永浦百音(通称モネ) 
1995年9月生まれ 物語開始時18歳
宮城県気仙沼に生まれる。気仙沼沖の離島で育ち、2014年春、高校卒業と同時に内陸にある登米市へ移り住む。登米では祖父の知人である山主・新田サヤカの家に下宿しつつ、サヤカが代表を勤める森林組合に就職する。

菅波光太郎
1987年生まれ(推測) 物語開始時26~27歳
2011年東京の医大を卒業。初期研修終了後大学病院に勤務。2014年より新田サヤカが登米の森林組合隣に開設した診療所へ1週間交代で勤務。

2人の関係を見ていると大きく登米在住時と東京在住時に分けられる。
ひとまず登米の頃から見ていきたい。

2人の出会い

2人は2014年春に登米で初めて出会った。
出会った当初の関係は決して良くはなかった。

百音は子供の頃から目立つわけではないけど周りから好かれる性格をしていた。離島出身で祖父母と同居していたことから、おそらく年長者を苦手としない性格だと思われる。
実際森林組合では周りが自分よりかなりの年長者だったにもかかわらず、すぐに溶け込み可愛がられていた。そんな百音が唯一苦手としたのが菅波だった。
菅波は少し前にした経験から医師としても人としても必要以上に人と関わらないようにしようとしていた。登米にも決して来たくて来ているわけではないようだった。
出会ってひと月ほど経った頃市内の小学校が林間学校にやってきた。小学生の1人が山の中ではぐれ、森林ガイドの1人として参加していた百音は迎えに行ったが共に激しい雷雨の中を避難小屋に退避するという事があった。雨に濡れ体温低下で命の危機にあったのを菅波は電話で百音に指示を出し助けた。
助けた小学生の親から
「あなたのお陰で助かりました」
と百音が言われたのを見た菅波は
「駄目ですよ、真に受けちゃ。貴方のおかげで助かりましたという言葉は麻薬です」
という言葉を投げかけ、ガイドとして参加している以上百音が半人前かどうかは関係無くちゃんとプロになるよう強い言葉で忠告する。

菅波にとっての百音はコネでとりあえず森林組合に就職し、本気で仕事をする気があるかも分からない甘えた子供に見えたのではないだろうか。
百音も無愛想でたまにきつい言い方をする菅波を少し苦手な医者の先生程度に思っていたと思われる。

バスでの2人

2014年夏。出会って数か月、2人はある程度普通に話すようにはなるが特別親しいといえる状況ではなかった。
そんな中ほんの少しに転機が訪れる。
8月に気仙沼の実家に帰省した百音が登米に帰る時に乗ったバスに菅波も乗り合わせていた。気仙沼から登米への帰路、百音が気象予報士や気象について興味を持っていること、菅波の病院での事など他愛のない会話をした。
百音は菅波と少しは親しく話せるような関係になっていたし、菅波も森林組合で明るく素直に真面目に働く百音を好ましく見始めていたように思える。

勉強はじめました

2014年8月下旬から2人の関係が変わってくる。
菅波が百音に気象の勉強を教えるようになったのだ。
天気について絵本に書かれているようなことも分からなかった百音は「何故雨が降るのか」を教えてもらった。その後菅波が登米にいる時は仕事終わりに気象についての勉強会をするようになっていく。
色々な会話をするようになり、菅波は会話の中から百音の誕生日を推測し中学理科の教科書をプレゼントしたりもした。
菅波が何故百音に勉強を教えるようになったのか?
最初は百音に勉強を教えるのが楽しかったのではないだろうか。
元々勉強することが好きな性格。しかもこの時期の病院での立場は3年目の下っ端で、この頃の性格や一週間おきの登米勤務を考えれば友人も多いとは思えない。
そんな菅波にとって「先生凄いです」と目を輝かして素直に学ぶ百音に教えるのは大きな楽しみだったと思う。
百音にとっては自分では到底なることが出来ない医師という資格を持つ菅波は、なんでも出来る医師で、余裕がある立派な大人に見えていたのではないだろうか。
周りの大人たちも2人の関係を微笑ましく見守りほど仲が良くなっていた。

初めての喧嘩

初めての気象予報士試験も終わった2015年のはじめ、2人に大きな転機が訪れる。
診療所に来ていた田中という患者を巡って感情的にぶつかるのだ。
田中は末期のがん患者で積極的な治療は求めず半ば人生を諦めていた。
百音も田中と親しくなり話をするようになっていた。そのなかで病気のことや、治療を諦めていることも知ったが、同時にまだ生きたいとい気持ちが心の底にあることも察する。
しかし田中の求める事以外には関わろうとしない菅波。
百音はそんな菅波に
「先生なら田中を救うことが出来るのになぜ助けてくれないのか?」
と言ってしまう。
これはある意味無知からの暴走だった。
延命を求めていない末期のがん患者、医学も万能では無い。ましてまだ若く経験も浅い菅波では出来ることは無く無力だった。ましてそのような患者の内面に入り込むことがどんなに厳しいことか。そんな思いから菅波は
「できるならやってます」
と大声で怒鳴って出て行くのだった。

残された百音は瞳に涙をため一筋こぼれるのだった。
幼い自分の無神経な言葉が菅波を傷つけたと
菅波も百音に大声を出してしまったこと、患者に対する無力感などにやり場のない憤りを持つのだった。

翌日自宅で療養する田中の身の回りの世話をする百音。
そこへ菅波が突然訪ねてきた。

菅波は田中に対して、一日でも長く生きたいと思う日もあれば、終わりにしたいと思う日もある。しかし毎日考えが変わるのなら結論を急がず、本当に自分のそうしたいとおもった方向に進路が変えられるように迷う為の時間を作るための治療を続けないかと話す。
菅波の話を聞いて田中は迷う為の時間を得るために頑張ってみると考えを変える。

2人の話を隠れて聞いていた百音。
医師として、1人の人間としての優しさと誠意に溢れた菅波。
自らが傷つくにも関わらず田中の為に動いてくれて嬉しかったことだろう。
従来の菅波はこのように患者の自宅を訪ねたり、患者の生活や感情に深く関わったりするようなことは頑なに行わなかった。

翌週の勉強会前に2人はお互い謝罪し仲直りする。
菅波は
「自分は患者の望みより治したいという欲を優先させる。本質的には患者の事を考えていない」
と話すのだった。
百音は以前予報士試験前に菅波より送られた長文で注意事項ばかり書かれたメールを例に、「先生はすごく自分勝手で送られた方の気持ちは分かっていないと思う」
と言いつつ
「でも分かりますから。先生は私の為を思って一生懸命考えてくれている。だから患者の事を考えていないのは違うと思う」
と気持ちを伝えた。
菅波にとって自分が駄目だと思っていたことを「そんなことはない」と認めてくれたことは、深く心に残るのだった。

この一連の出来事は登米での大きな転機の1つだと思う。
百音は今まで菅波を立派な医師と思っていたが、これをきっかけに菅波を傷つき悩み苦しみながらも、優しく誠意に溢れ信頼出来る1人の人間として意識するようになる。
一方菅波も純粋で優しく真っすぐな百音の存在は大きくなり、自分の信念を変える程になっていた。

2人の性格

この頃には2人の性格がだいぶ分かってくる。
当初正反対の性格に思えた百音と菅波も意外と共通点が多い。
まず2人とも他人の役に立ちたいと思っている。
百音は当初より「誰かの役に立ちたい」と想い、菅波も医師になったのは「人の命を救いたいから」と答えている。そして2人とも他人を優先する性格である。
恋愛観も似ている。
2人とも恋愛が人生の価値観の第一ではない。
共に異性関係には潔癖である。田中が結婚していながら色々な女性にふらふらする浮気性だと聞いた時の反応は2人とも「ドン引き」だった。
そして2人とも奥手で鈍感でもある。

関係を深める2人

2人はその後も関係を深めていく。
百音は菅波になんでも相談するようになる。百音は東京にある気象情報会社での仕事に惹かれ本当にやりたい仕事だと思うようになる。しかし登米での生活や山の仕事も好きで捨てらず悩む百音に、「やって駄目なら気象への情熱もそこまでだったと分かる」と覚悟を決め気象予報士試験に合格するよう背中を押したのも菅波だった。
菅波も百音と接することで変わっていった。以前より明るくなり周りの壁も低くなった。登米の人達のコミュニティに入っていけるきっかけを作ってくれたのが百音だった。
2人はお互いに影響し、良い方向に変わっていった。
百音にとって菅波は自分を理解してくれ全幅の信頼を寄せられる存在になっていった。
菅波も百音を大切に思い、優しく見守り、夢を叶えさせるために気象予報士試験合格まで導くのだった。

百音の心の痛み

2人にとって登米での最大の出来事が起きる。
2016年3月、3度目の気象予報士試験に合格した百音。東京へ行き気象の仕事に就くことは決めている。
しかし登米で一緒に暮らしてきて家族のように慕っているサヤカには合格したことを言えないでいた。百音の気持ちを察したサヤカは優しく突き放すように自分の行きたい方向へ進むよう伝える。
サヤカに伝えられなかったことを深く落ち込む百音。菅波はサヤカと話すよう諭すと百音は言えなかった理由を菅波に話すのだった。
5年前の故郷を襲った震災と津波。
あの日高校の合格発表を仙台へ見に行き島にいなかった。
島も家族も友人も大変なおもいをしているのに一緒にいられなかった。
そして妹からの「お姉ちゃん津波見てないもんね」という言葉。
それらがずっと胸に刺さっていて、自分が夢を追いかけて離れている間にまた大切な人が辛い目に遭ったらと思うと怖くなったのだと。
百音が故郷の島を離れた理由。
今まで家族にすら言えなかった百音にとって最大の心の痛みを菅波にだけ話した。
それを聞いた菅波は落ち込む百音に手を当て慰めようとするが、躊躇してしまう。
想像以上に深い百音の心の傷。
体験していない自分には百音の痛みは分からない。そんな自分が安易に触れてよいのか?そんな資格があるのか?そんな葛藤が伝わった。

誰にも言えなかった心の傷を菅波に話せた百音。
百音の心の傷を知った菅波。しかし百音に寄り添い受け止められなかった。
後々2人にとても影響する出来事になった。

百音と菅波。お互いに信頼し愛情に溢れた関係。
しかしこの関係は男女の普通の恋愛感情ではない。
百音は恋愛に対して鈍い。少なくとも頭では恋愛の対象だとは見ていない。
一方菅波も潔癖で超堅物である。2人には8歳の歳の差がある。出会った頃の2人は菅波が26歳で百音は高校を卒業したばかりの18歳。百音は2年経ってもまだまだ田舎の女子高生といった雰囲気。菅波にとってずっと勉強を教え見守っている百音を好きになることを頭で禁じていたのではないかと推測する。

登米での2人

おかえりモネの登米編は9週(45回)に渡る。
心の傷の為故郷の島に居られなくなり登米に来た百音。最初は自分が何をしたいかも分からず迷っていたが、山の仕事、そして気象の仕事を知り自分の目指す場所を見つけ羽ばたくまでの物語だ。目指す場所へ行くための切符が気象予報士の資格であり、その資格へと導いたのが菅波だった。
2人の関係を簡単に表現することは非常に難しい。
登米での2人は恋愛の関係ではなかった。
かといって友情や師弟愛といった感情とも違う。
清原果耶の言葉を借りるなら清廉で純粋な愛情。
もしくは2人オリジナルの関係「菅モネ」なのかもしれない。
しかし2人が少しずつ本当に少しずつ築いていく関係は見ている者の心を動かすのに充分だった。
最初のよそよそしい会話から始まり、段々と一緒にいる時間も増え会話も増えていく。
そうなると2人の反応が初々しくて胸が熱くなるのだ。
菅波の女心の分からない言動や、ちょっとした会話から百音の誕生日を検索し教科書をプレゼントするといった、間違えれば気持ち悪いと思われかねない行動、そして頑なにお互いが身体を触れ合おうとしない所など見ている方も菅波と自分を重ねて見るようになっていったのではないだろうか?それが #俺たちの菅波 となって現れたと思う。
百音と菅波の関係が強くなればなるほど、見ている方の熱さも強くなっていった。

百音の旅立ち

2016年3月末、何年も踏み固められた地面のような、何度も打たれて強固になった鋼のような強固な関係を残して登米での2人は百音が東京へ行くことで別れが訪れる。
お別れの時、百音は明るく
「先生とは会おうと思えば東京でばったり…」
と言うと菅波は
「人口1300万人ですよ。会いたい人にばったり会えるような生ぬるい世界ではありません」
と返す。
2人とも会いたいのか会いたくないのか…
やはり恋する男女に別れとは程遠い別れだった。

東京で運命の再会まで4か月