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【校閲ダヨリ】 vol.56 「は」と「が」(国語学基礎概説3)




みなさまおつかれさまです。

よく、「1円を笑う者は1円に泣く」と言ったりしますが、言葉の世界に置き換えると「助詞を笑うものは助詞に泣く」という言い方ができると思っています。


助詞って、国語文法で一番苦手だったやつだ……。



そうでしょう。動詞、形容詞、形容動詞は「活用」をする花形の事項なので先生たちも頑張って教えますが、「活用」しない名詞や助詞は「ここ教科書読んどいてね」程度にさらっといってしまうのが大方よくあるところではないかと思います。
    
助詞というのは大体がひらがな1〜2文字で構成されますが、それぞれに役割と意味があります。
日本語母語話者は、使用していく中でこれを体得していき自然に話すことができるようになりますが、書き言葉になると「なんとなくの理解では厳しい」ところが出てきます
    
ライターさんが書く文章でも、助詞の使い方がおかしいものをかなりの頻度で目にしますので、一般の方が書く文章ではもっと、大変なことになっているのだろうという気がします。
   
   

ひらがな1文字にも意味があるの?

   
   
そうなんです。今回はそんな助詞の入り口として、「」と「」について取り上げてみたいと思います。  
どちらも「主語(主部)」をつくることができる助詞です。
   
   
1. 今日いい天気ですね。
   
2.やりました。
   
   
今日は」「私が」が主語になりますよね。
主語を形成するので両方とも格助詞と言えればわかりやすそうなのですが、残念ながら「」は違い、「副助詞」として分類されています。
   
   

さて、耳と脳が機能しなくなってきたな……。

   
   
レッドゾーンはこのあたりですね。わかりました。
私自身、助詞を細かく分類することにあまり意義を見出せない人物なので、ここから先はニュアンスの差を「体感」していってもらえれば幸いです。
   
   
3. アレキサンダー大王(イスカンダル)好きだ。
   
4. アレキサンダー大王(イスカンダル)好きだ。
   
   
この二つの文、ニュアンスの違いを感じ取れますか?
どちらも主旨は「アレキサンダー大王→好き」ということで違いありませんが、「訴え方」が違います。
   
3 では、「世の中を好きか嫌いかに分けたとき、アレキサンダー大王は好きの部類に入る」もしくは「他にも好きな人物がいる」というニュアンスを出します。
4 では、「複数候補がいるかもしれないが、その中でアレキサンダー大王が(一番)好きだ」というニュアンスに(自動的に)なります。
   
好きな人に告白をするときに、「は」を用いるセリフが考えにくいのはこういった助詞が持つ意味(効果)のためです。(告白をお断りするときには使えます。例「あなたのこと好きだよ。でも、ごめん、付き合うとかは無理かな……」)
   
   
5. DX(デジタルトランスフォーメーション)、いま学校教育に必要になりつつある。
   
6. DX(デジタルトランスフォーメーション)、いま学校教育に必要になりつつある。
   
   
56 も、考え方は 3、4と同じです。5 では、「他にいくつか必要なことがあるが、DXはそのひとつだ」というニュアンスになるのに対し、6 は「ここで述べたいのはDXの必要性だ」という限定的なものになります。
   
   

なるほど。「が」のほうが強い感じになるのね。

   
   
そうですね。ひらがな1文字の差ですが、与えるニュアンスには大きな差が生まれます
また使い方の観点では、「」と「」には、次のような差もあります。
   
   
7. (相手に出身を聞かれ、答えた後)「伊藤さん?」
   
8. (〇〇さんが結婚したらしいと話題になり)「え、〇〇さん!」
   
   
78 は、「」と「」の相互置き換えが難しい例です。
文を最後まで言い切らず、省略の扱いにして発話する場合は、助詞の特性が大きく左右します。
助詞「」の機能で目立つものとして「話題提示」がありますが、7 ではそれが必要になるので「が」は使えません
8 の例では、話の主役(テーマ)がすでに確定している状況なので、他の候補を連想させる「は」は使えません
   
   

ふむふむ。たった1文字なのに、こんなにも差があるなんて。

   
   
面白いですよね。自分の気持ちや言いたいことを伝える(伝達)が言葉の最たる役割なのですが、ニュアンスまで正確に伝えないと、解釈のマージンが広がってしまい、本末転倒なのです。
   
   
最後に、皆さんにひとつ問題を出して、今回は終わりにしましょう。
   
   
」と「」はどちらも主語を形成することができる助詞と言いましたが、下の文の主語はどれでしょう?
   
   

象 は 鼻 が 長 い

   
   
それでは、また次回。

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