【日記超短編】工事中の道を避ける

 工事中の道を避けて通った。通行止めではなかったが、工事している道を遠慮がちに歩くのは気が進まない。道は堂々と歩ける道だけを選びたかった。おかげですぐそこにある交差点をいったん見失い。うろおぼえで進んだ路地や団地の中の道で少し迷ったのちその交差点に、思いがけない方角からわたしは現れた。交差点も明らかに動揺して赤信号をふだんよりずいぶん長くともしている。青になったので渡る。わたしの髪の毛は太陽でずいぶん熱くなっているようで、熱が重さになってわたしを地面に押しつけてくるのを感じた。
 訪問先の人間は暑さで気がおかしくなっていた。この気温では無理もないが、玄関のドアを開けるとわたしの頭めがけていきなり棒を振り下ろしてきたのだ。間一髪のところでよけて、非難がましく睨みつけると相手は正気を取りもどしたようで「すまなかった、これは振り下ろすのではなくきみに渡すつもりだったのだ」と言って、その棒を差し出した。棒は棒でもこれは金の延べ棒ではないか。喜びかけたわたしを制するように「もちろん本物ではないよ。よくできたイミテーションなのだが、こんなものでも一本持っているといざというとき何か役に立ちそうな錯覚が芽生えて、心に余裕ができることを伝えたかった」そう言ってわたしに受け取らせると、満足げな表情でいきなりドアを閉める。本物の金の延べ棒をくれるほど裕福な身分ではない彼は、来客に居座られて家の飲み物や菓子などが減ってしまうのを恐れたのだろう。けちくさい話だと思うが、偽物とはいえ金の延べ棒を気前よくくれたのだから、まったくの吝嗇家だとは言い切れないところがある。
 固く閉ざされたドアに向かって礼を述べると、わたしは来た道を引き返していく。ただし今度は工事中の道を迂回せず、自宅への最短距離を選んだ。ポケットから金の延べ棒をちらつかせていたら、工事現場のどことなく威圧的な警備員の前も気後れせずに歩ける気がした。驚いた警備員がむこうから気さくに話しかけてくれるかもしれない。なんとなくそんな予感がして、わたしの足取りはふわふわと軽くなった。

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