【日記超短編】右目が痒い

 私だけではないと思うのだが、このところ右目が痒い。右目ばかりこすってしまうので充血して赤くなっているのが鏡をたしかめるとわかる。が、その鏡も含めてこの世のあらゆるものがうっすらと赤みを帯びている。ためしに右目を閉じて、痒くない左目だけで見ると今まで通りの世界だ。全然赤くない。逆に右目だけで見ると、世界は赤ワインの海に沈んでしまったようにひどく赤かった。
 この状態をどうにかしたいと思って家を出ると、私は眼医者に向かった。だが途中で気が変わり、寿司屋へ向かった。眼医者に行くくらいならその金で数年ぶりに寿司を食ったほうがいいように思えたのだ。席に着いて目の前のレーンをよこぎっていくいろんな絵柄の皿と、その上の寿司を眺めたが、私の手はなかなか皿にのびていこうとはしない。というのも、眼医者の診療費を寿司代に回すとして、肝心の診療費がいくらなのかわからないのだ。だから寿司をどれだけ食べていいのか見当がつかず、しかし診療費は実際に眼医者で診療を受けるまではわからない。だが診療を受けたが最後、私が寿司を食べる金は財布から消滅しているのだ。
 このジレンマに凍りついたようにその場で動けなくなった私は、ただ皿の動きを漫然と眺めるしかなかった。それらの皿や寿司のシャリがうっすらと赤みを帯びていることに気づき、私は思い立って左目を閉じてみる。すると今まで赤酢を使ったようにうっすら赤みを帯びていただけのシャリが、ここからは窺い知れぬ厨房で従業員の身に何か惨事が起きたのか? と疑わせるようなどきつい色になって意味ありげに眼前を通過していくではないか。
 おかげですっかり食欲を削がれた私は何も食べないまま寿司屋を飛び出し、そのまま眼医者へも行かずまっすぐ帰宅した。おかげでこの金は滞納しているガス代の支払いに回すことができ、シャワーからは水ではなくお湯が出るようになるし、今夜はひさしぶりに何か温かい食べ物が食べられるのかもしれない。

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