【日記超短編】捕食

 よく晴れた真昼の住宅街には、捨てられた家具みたいなみすぼらしいアパートがところどころに建っている。わたしはそういうアパートのどれかに住んでいた。どれだと特定するには、建物はみな似通いすぎている。それは外見も名称もという意味だが、とくに夏の暑い盛りなどには意識が朦朧としがちで、見分けが困難なことも少なくなかった。
 そんなときわたしはあっさり帰宅をあきらめて、お気に入りの動物園へと足をのばすことにしている。地元の動物園は動物たちを野生に近い環境で飼育するという特徴があり、さまざまな動物のリアルな捕食シーンを眺めることができるのだ。
 わたしがとくに好きなのは、巨大なワニが人間を食らうところを見学することだ。牛や馬などの動物ではなく、さえない外見の中年男性とはいえ、人間が生きたまま餌としてワニに襲われるのは驚きだ。おそらく犯罪者など、ワニに食わせても人権上問題のない人間が選ばれているのだろう。餌人間は憐れみを乞うような目で見学客たちのほうを見るが、すぐにそれは背後から迫る大型爬虫類への恐怖の表情に取って代わられる。
 もちろん彼は逃げまどうものの、いっけんワニの生息する沼地を再現したようなそのエリアは、巧妙に逃げ道をふさぐようにデザインされている。彼は何しろ餌になるのが初めて(二度は経験できない)だから、そんなことは知る由もない。すばやく逃げ切ったと思えば、いつのまにか水辺に舞い戻っているという騙し絵のような、迷路のような仕掛けでワニと再会し、絶望に歪んだ顔のままばりばりと音をたてて食われていく餌人間を、われわれは安全な場所からフェンス越しにじっと眺めつづける。
 夏の暑い盛りには、そんな背筋が凍るような光景こそが人々に求められているのだ。

 

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